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Do it Magazine01小杉湯 関根江里子さんのシゴトとシネマ
映画との出会いはいつも偶然で、何気なく観た映画が、人生の一本になったりする。【シゴトとシネマ】では、仕事や生き方に影響を与えた、働くことの原動力になっている映画とエピソードを教えていただきます。今回は、株式会社小杉湯 COO/番頭 関根江里子さんの人生を揺るがせた映画と、仕事への想いをご紹介。
02作品名
映画『リトル・フォレスト 夏・秋』
監督:森淳一
好評発売中&デジタル配信中
Blu-ray:5,170円(税込) / DVD:4,180円(税込)
発売・販売元:松竹
©「リトル・フォレスト」製作委員会
※2023年9月時点の情報です
03その作品との出会いやきっかけを教えてください。
大学3年生の時にインターンシップをしてたチームの1人が『リトル・フォレスト』が大好きだったんです。その話を聞いた友達が“フォレスト”繋がりで間違えて『フォレストガンプ』を観て……(笑)。その後の二人の噛み合わない会話がすごく面白くて、そこから興味を持って『リトル・フォレスト』を観たことがきっかけでした。
04作品を観ていかがでしたか?
これまで私が観てきた映画って、わかりやすく起承転結があるようなメジャー映画ばっかりだったんです。なので『リトル・フォレスト』を観た時に、「何も起きずにこのまま終わるんだ」と思ったのがすごく印象的で。その、「何も起こらない」という時間がなんだかすごく心地よくて、自分でもびっくりしたことをすごく覚えています。
05作品からはどんな影響を受けましたか?
この映画は何も大きなことは起きないとはいえ、お母さんのことや、東京でいろいろあったんだろうな……と察する部分がすごくあって。ただ、何で挫折したかとか直接的に書かれているわけではないんです。
私自身、20代前半までいろいろあって、自分と実家の生活費を稼がなければいけなかったんです。学費を稼ぐために週7で働きながら大学に通っていて、そのことが少し落ち着いたら、次に父の介護が始まって……という感じで。仕事のキャリアも心配になるし、プライベートもうまくいってなかったんです。もう、「沖縄の飲食店で働いて、何でもない時間を過ごしたい」と思っていた頃に観たこともあって、当時の自分と重なる部分がありました。『リトル・フォレスト』を観てから、一度全てのものから解き放たれて、自然のど真ん中で生きてみたら何かが変わるんじゃないかなって思えてきたんです。
06映画に励まされたり、悩みが解決されたりすることはありますか?
王道かもしれませんが、『プラダを着た悪魔』は人生で120回ぐらい観たんじゃないかというくらい、自分を奮い立たせるときによく観ています。小杉湯の3代目(平松佑介さん)って『プラダを着た悪魔』の編集長みたいな感じなんです(笑)。突然無茶振りをされる時も多いので、その時はもう「私はアン・ハサウェイ」と言い聞かせています(笑)。
07関根さんが感じる『リトル・フォレスト』の魅力を教えてください。
こういう心地いい映画ってこれまであまり観たことがなかったですし、なかなか見つけられていなくて。ただ料理を作ってただ生活をするという、そんな誰かの日常のなんでもない時間に少しだけ文脈を感じる。橋本愛さん演じるいち子の、何が起きるわけでもない日々の生活を朗読している感じが『リトル・フォレスト』の魅力だと思っています。今の社会にないものを、見させてもらった感覚です。
08インタビュー
――『リトル・フォレスト』のように、自分と重なるストーリーに触れて、自分自身を見つめ返すみたいな経験って結構あるんですか?
あります。小杉湯で働くようになってから取材いただく機会が増えたこともあり、自分の人生を少しずつ客観視できるようになってきている気がします。
――そうなんですね。
私、朝井リョウさんの小説がすごく好きなんですけど、朝井さんの作品って、まだ誰も言葉にしてないものを人類で初めて言葉にしたんじゃないかって思うような物語や表現が多いんです。1番好きなのが『スペードの3』という作品で、簡単にお伝えすると「ストーリーを持った主人公な女の子ってめちゃくちゃずるいよね」というお話なんです。その主人公は、失敗ですらドラマチックだし、うまくいってもちゃんと失敗からの地続きになっている。私はその主人公以上の経験や失敗をしてるのに、どうしてあの子の失敗はこんなにもドラマチックなんだろう……?と考えてしまって。この小説を読んでから、人には人の地獄があるし、客観的に見るときっと『スペードの3』の主人公のような状況なんだろうなって思えるようになりました。
――なかなか難しいですけど、大切な視点ですよね。ちなみにこれまで出会ってきた人の中で、大きな影響を受けた方っていますか?
学生時代にインターンで出会った恩師ですね。今でも私の人生のメンターです。何でもズバッと言ってくださる方なので、自分のことを話して、言語化してもらうことを6年くらいずっと繰り返しています。メンターとの面談を介して、いつもいろいろな視点を学んでいます。
――現在、銭湯やサウナがブームになっていますが、なぜだと思いますか?
サウナと銭湯では全然違う理由があると思っています。そして、サウナにはその中にも2つの理由があると思っていて。まず1つ目は、サウナってわかりやすくメンタルを解放できる行為だと思うんです。高い温度の中でぎゅっとして、外に出たときに一気に全身の血管や力が抜ける。そうして体の力が抜けることで、疲れが取れるんです。現代人の疲れみたいなものにわかりやすく刺激を与えて、疲れを取る行為なのでサウナは今の時代の“休み方”にあっているのだろうと思います。
――なるほど。
そして2つ目は、サウナってそんなに金額が高くないんですよ。都内の銭湯は1000円とか2000円で、品質が安定していて、あまり間違えのない娯楽。私の周りはスタートアップの方が多いんですけど、スタートアップの人って時間効率を気にする方が多いので、1時間で本当に満足できるかという安心が欲しいんですよね。これも多分、現代人は常に正解を求めていて、確実なものが欲しいというところと重なってるんだろうなと。
――銭湯はまた少し違う理由があるのでしょうか?
そうですね。銭湯はサウナとはまた全然文脈が違っていると思います。実は小杉湯のお客さんって、全体の約半分が30代以下の方なんです。それは何故かと考えた時に、今の時代って生まれた時から誰かとずっとWebで繋がっているし、人と人の繋がりって消そうと思っても消せない。気付いたら繋がっちゃうっていう状態だと思うんです。
――確かに。
そうやってどんどん情報が入ってきてしまう状態で、周りは近すぎるけれど、社会は他人事すぎて遠い。だから自分にとって中距離的な居心地のいいコミュニティを作りにくくなってしまったのが“今”だと思うんです。ただ近い区に住んでいて、銭湯で会ったら裸同士で挨拶をするという。この中距離的なご近所関係というのが、特に今の若い人とか社会に必要なんだろうなと思っています。休むとか娯楽とか生産性とはまた違う、社会全体が抱えている人との距離みたいなところを埋めてくれている存在なんだろうなと。
――今の世の中には、家族とか、親友とか、恋人とはまた違う、ゆるい連帯、ゆるい繋がりみたいなものが必要な気がすると感じていたので、銭湯がその1つになってるというお話が聞けて嬉しいです。
銭湯はただ同じお湯に入りに来ているだけなので、1対1のコミュニケーションというよりも、小杉湯を介して喋ってるような感じがあるんです。その場に集った2人として喋るので、小杉湯が間にいる感覚があって。知らない人とどうでもいい話をするとか、たまに会う人とかに支えられたり、助けられたりするみたいなこともあると思うんですよね。銭湯は、人との繋がりが強すぎないし、近すぎないというか。
――映画のロケ地にもなった『アイスクリームフィーバー』とのコラボ、素敵でした。
ありがとう御座います。映画の中で描かれている「銭湯を引き継ぎたい」というシーンを観た時に、私が銭湯で働きたいと思った時の気持ちを思い出して、とても励まされました。銭湯を引き継ぐことになる文脈の中に「この銭湯をなくしちゃいけない」という想いがあったんですけど、それはまさに私が思っていたことでもあったんです。
――これまでもいろいろなブランドや作品などとコラボされていますが、企画の発端はどんなところから生まれているんですか?
全てご縁なので、それぞれ違う形で始まります。映画『アイスクリームフィーバー』(監督:千原徹也)の場合は、 来年、小杉湯が原宿に2号店を出すんですけど、その同じ商業施設の3階フロアに千原監督のオフィスも入居されるんです。それがきっかけで出会いました。たまたま仲良くなった人がある企業の人だったり、何かを作っている人だったりと、はじまりは全てその順番なんです。
――出会いがあってから、お話がはじまると。
あとは、小杉湯の3代目がお湯のような人で、誰に対しても対応が変わることなく一定なんです。どんな人のことも受け入れていく。なので、結果的に小杉湯にはいろいろな人が集まってきますし、その人の周りにもまたいろいろな人がいるので、どんどん増えていくんです。
――関根さんが仕事で大切にしていることを教えてください。
とてもシンプルな回答になってしまうんですけど、自分に自信を持つことです。私はこれまで、自分のキャリアなどを「両親がどう思うか」を軸に決めていて、「親がこうしたかった」に対するアンサーを出しただけで、あまり自分で意思決定をしてきていなくて。社会に出てからは自分の意志を持っていると思われることもあるんですけど、小杉湯で働いてからも、無意識で「3代目がどうしたいか」に引っ張られてしまう時があるんです。誰かがやりたいことに寄りかかりすぎてしまうと言い訳になってしまうので、当たり前のことですけど、誰がどう思うとかではなく、私がどう思うのかということを大切にしていきたいです。
――では最後に。関根さんが感じる小杉湯の魅力ってどんなところだと思いますか?
唯一無二の柔らかさと温かみですね。なんでこんなに優しいんだろう?って思うくらい、裏でも銭湯のような空気を作られていて。たぶんこれは小杉湯を経営する皆さんの性格なんです。そこから生まれるコミュニティと働く人の雰囲気は、私1人では絶対に作れない。そう思った時に、この場所でその風景を一緒に見てみたいと思ったんです。そこが小杉湯で働きたいと思った決め手となった部分でもあるので。
――ありがとう御座いました!
09プロフィール
関根 江里子(せきね えりこ)
株式会社小杉湯 COO/番頭
1995年上海生まれ。2020年に株式会社ペイミーに入社し、カスタマーサクセス、CRM、マーケティング領域を中心に事業責任者を勤めた後、同年末に取締役COOに就任。2022年に銭湯経営を目指し独立。現在は、高円寺で90年続く老舗銭湯「小杉湯」の事業責任者として、銭湯の運営や新規事業に関わる。小杉湯として、来年4月に、初の2店舗目となる「小杉湯原宿(仮称)」を開業予定。
小杉湯 / Kosugiyu
[店舗情報]
住所:東京都杉並区高円寺3-32-2
電話番号:03-3337-6198
営業時間:平日15:30〜25:30、土日祝8:00〜25:30 (最終受付25:00)、木曜日定休
料金:大人(12歳以上)520円
[SNSアカウント]
Instagram:@kosugiyu_sento
X: @kosugiyu
photo:Natsuko Saito
interview&text:Sayaka Yabe