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Do it Magazine01HYST 石浦明莉さんのシゴトとシネマ
映画との出会いはいつも偶然で、何気なく観た映画が、人生の一本になったりする。【シゴトとシネマ】では、仕事や生き方に影響を与えた、働くことの原動力になっている映画とエピソードを教えていただきます。今回は、HYST ディレクター 石浦明莉さんの人生を揺るがせた映画と、仕事への想いをご紹介。
02作品名
映画『アザー・ミュージック』
監督:プロマ・バスー、ロブ・ハッチ=ミラー© 2019 Production Company Productions, LLC
03インタビュー
――映画『アザー・ミュージック』とは何かきっかけで出会いましたか?
知り合いから面白かったと教えてもらったことがきっかけで知りました。ざっくりとした内容は聞いていたんですけど、詳細はわからないまま劇場へ観に行きました。映画がはじまった幕開けのシーンから、なぜか涙が出てきて……。自分にとってきっと意味のある映画になるなと感じました。
――実際にご覧になっていかがでしたか?
映画は、聴いたことのない音楽や実験音楽などを紹介したり、スタッフのマニアックな知識含めて「レコードを買う体験」を提供するという、小さいながらもニューヨークで伝説的な存在となったレコード店の、20年間の歴史の最後の日々に迫ったドキュメンタリーなのですが、こだわりや独自性や集まる人の熱量を含めて、自分の仕事と通ずるものがあると思いました。あとは、劇中の登場人物から大きなエネルギーをもらいました。ちょっと落ち込んだ時とかうまくいかない時とか、映画に出てきたスタッフの皆さんのことを思い出して、もう少し頑張ろうと思える自分のパワーになっている作品です。
――普段はどんな映画をよく観ますか?
ドキュメンタリー映画を観ることが多いです。きっと人の気持ちに触れたり、人の話を聞いたりするのが好きなんだと思います。それはどういう気持ちなのかとか、喋ってみないとわからない部分もありますし、ドキュメンタリーだとその人が本当に想っていることも見えてくることが多いので。
――『アザー・ミュージック』からはどんな刺激を受けましたか?
映画に出てくるショップ「アザー・ミュージック」の原動力も、きっとレコードや音楽に対する愛や熱量から生まれていて、多分お店を大きくしたいとか、儲けたいと思っていたら、多分21年も続かなかったと思うんです。なので映画を観て、私たちも古物に対する熱量であったり愛情があるからこそ、今HYSTを続けられているんだよなと改めて思いました。
――石浦さんが感じる『アザー・ミュージック』の魅力を教えてください。
私は『アザー・ミュージック』を観て、初めて映画を通してエネルギーとか頑張ろうっていう活力をもらう経験をしました。映画に出てくるスタッフ皆さんの、レコードに対する愛情であったり熱量。好きなものをずっと好きでいることの美しさ。そして、それらが人に元気を与えるという素晴らしさが詰まっているところが魅力だと思っています。
――HYSTは、土曜日のみのオープンというところも魅力の一つであると思うのですが、毎週どんな流れで動かれているのでしょうか?
商品やアイテムを見つけるところは、お店を始めた時から一緒にやっているパートナーが専任で担当していて、現場で発掘してきてくれます。大体いつも月曜か火曜日ぐらいに、お店の前に1週間分の家具が乗った2トントラックが到着して、その週の入荷物が決まるという感じです。
平日は、それぞれ専門性を持って各セクションに分かれて業務をしているんですけど、週に1回ミーティングを行っています。それぞれ行っている作業が違うからこそ、違う視点のいろいろな意見が舞い込んでくるので、それを共有しうようにしています。
――どんなものが到着するのか、毎週ドキドキしますね。
Instagramに載せたアイテムは、その週で8割ほどが売れてしまうので、レイアウトもディスプレイも毎週変更して営業しています。その後、店内や軒先などを使って撮影や清掃などをして、木曜の夕方ぐらいからレイアウトをして店内の大枠を作って、金曜日にディスプレイしたり小物を置いたりしていきます。
――公演中の舞台のセットのようですね。
そうですね。毎週学園祭をやってるような感じです。お客さんが来てくれる土曜日の本番に向けて、皆で作り上げています。お店を始めたときから土曜のみのオープンにしており、たまに営業日を増やして欲しいというリクエストもいただくのですが、作業の日も確保しないと毎週同じクオリティでお店を作れないので、今後も土曜のみオープンするお店として続けていく予定です。
――徐々に形を変えながら今の業態に?
そうですね。そして今も変わり続けています。以前、私たちのお店について、「大きな海の中で、小さなボートみたいなもので、特に方向とかは決めず、その時その時で気になった方に舵を切っていく。そこがもしも荒波だったり、あまり良くないような波だったりしたら、すぐに方向転換をしていく」と言われたことがあって。
――素敵な例えですね。
確かにそうだなと思いました。お店をはじめる時はきっと、確固とした信念があって決めたことは継続していくことが美しい形だとも思うし、それはすごく努力のいることだと思うんです。でもHYSTは、もちろん守り続けたいところはありつつも、その時の風を読む力だったり、ちょっと違うなって思った時にすぐに踵を返せたりするような身軽さを持ってたいなとずっと思ってます。
――お店ではお客さんとコミュニケーション取ることもあるんですか?
お客様とのコミュニケーションだらけです(笑)。HYSTに置いてあるものはヴィンテージなんですけど、公共施設や個人のご邸宅などから発掘しているので、必ずそれぞれにストーリーがあるんです。あとは発掘経路とか、目には見えない価値の話に溢れているので、話さずにはいられないというか……。お客様にこっそり教えたくなるんです。単にお店のスタッフが話好きというのもあると思うんですけど(笑)。
――HYSTならではのコミュニケーションの形が生まれているんですね。
あとは、こちらがお客様に知っていることを話すだけではなく、お客様の話もいろいろ聞きたいですし、そこから得られるものや発見もあるので、コミュニケーションはすごく大切にしてます。
――そのコミュニケーションの中からショップづくりに反映されることも?
あります。お客様とは商品の使い方について話すことが多いんですけど、HYSTに並んでいるものって、一見何に使うかよくわからないものとかもあって。発掘先もさまざまなので、病院とか工場とか施設から出てきたものって、あまり馴染みがなくて一般家庭では使わないようなものもあるんですよね。なので、買う人に「どう使うんですか?」と尋ねることも多くて、私たちが“縦”にして使うものだと思ってレイアウトして販売してたものを“横”にして使ったりするなど、いろいろな発見やアイディアにつながるんです。
――HYSTを営業していくうえでスタッフ間ではどんなことを大切にしているのでしょう?
言葉にするのが少し難しいのですが、もともとが「古物の博物館」というコンセプトで始まっているので、「ただものを売るお店にしない」ということは、スタッフ全員が共通して大事にしています。
今の時代、便利なものに溢れているので、オフラインでの体験ってとても代え難くなっていると感じていて……。楽で便利なものが手元にある中で、わざわざ足を運びたいと思ってもらったり、そこにいる人と話したいと思っていただけたりするようなお店でありたいと思っています。スマートフォンで調べることでも情報は得られるんですけど、人と人が話すことでしか得られない情報や物もありますし、実際に店舗でお話をしてお互いの好きなものや熱を共有したりすることも含め、大きな体験になるように心掛けています。
――Do it Theaterも、1日を通して世界観を楽しんでもらえるような空間を作ったり演出したりしているのでHYSTのお店作りに近いものがあるように感じました。
どうやって使われてきたかが、これから使う上での愛着になったりすることもあると思うんです。長く使われていたものだとレザーの部分が剥げていたり、端っこだけすごくダメージがあったりして、「ここに座る癖があったんだな」とか、そういう想像を巡らせることができる。何も知らないで見たらただのダメージに感じるかもしれないことが、ストーリーを聞くことで愛着に変わったりすることもあると思うので。
――仕事を行ううえで迷ったり悩んだりすることもありますか?そういう時はどう解消していますか?
土曜日にお会いできるお客さんとできるお話を楽しみにひたすら頑張るという感じですね。でも、普段から落ち込んだり迷って進めないことがあまりないんです。ちょっと動物的かもしれませんが、最近は頭で考えるよりも嗅覚を働かせることを大事にしています。
――その感覚はどのように身につけていったんですか?
このお店で働くことを決めたのも、結局は自分の嗅覚を信じて決めたことだったので。これまでも後悔したことは1度もなくて、常にこっちでよかったって思っています。
――自分の感覚を豊かにするために、意識的にインプットしていることはありますか?
人と話すことですね。あとは、あまり情報を入れないようにしています。自分が見えるものとか、感じることができる余白を常に自分の中に残しておきたいんです。その部分に、新鮮な情報とか街の風景とかが入ってくるので。何かを感じられるスペースを常に持っておくということを大切にしています。
――情報で頭の中がいっぱいになってしまうと見落としてしまうこともありますもんね。
あとは基本的に休みの日など外にいる時間が長いかもしれません。よく自転車で行動していて、気になっていたところに行ってみたり、公園でぼーっと人や風景を眺めたりしています。家にいてできる体験もありますが、 外は可能性が比じゃないくらいたくさんあるので、そっちの方が面白そうかなって。
――では最後に、石浦さんがいつも仕事で大事にしていることを教えてください。
直感を大事にすることと、自分が面白いと思う方を素直に選ぶことですね。あまり損得とかを考えずに、面白そうだと思った方へ進むようにしています。あとは、お客様に体験を届けるためには、自分が実際に体験していないと話せないことが多いので、自分の目でちゃんと見て、自分の手で触ることを大事にしています。
――HYSTで働き始めてからそう思うようになったのでしょうか?
そうですね。この会社に入って、古物というものを扱い始めてから特にそう思うようになったかもしれません。HYSTで販売しているものは量産品ではないですし、例え同じデザインのものがあったとしても、それぞれ個体差があったりする。それはやっぱり触ってみないとわからないし、自分の体験がないと伝えられないなと。毎週の営業を通してひしひしと感じています。
04プロフィール
石浦明莉(いしうら あかり)
HLYWD INC. HYSTディレクター
富山県出身。上京後 古物の世界に魅せられ、大学在学中にHYSTの求人に応募。学生生活最後のアルバイトになる予定が、縁あって新卒でHLYWDに入社。現在はHYSTディレクターとしてショップ/SNS運営を行なっている。
HYST
住所:東京都中央区日本橋馬喰町1-5-15
営業時間:土 11:00〜17:00、日〜金定休
Instagram:@hystshop
photo:Natsuko Saito
interview&text:Sayaka Yabe