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Do it Magazine『ゴーストワールド』『アシスタント』など注目作品を配給・宣伝するSENLIS FILMS 池田彩乃インタビュー<映画を届ける仕事・これからの映画宣伝>
01Do it Close-up (ドゥイット クローズアップ)
Do it Theaterが今気になるシアターカルチャーをクローズアップしてお届けする企画の[ Do it Close-up ]。今回は、『リトル・ガール』『ピンク・クラウド』『アシスタント』などの注目作品を配給・宣伝し、11月23日(木)には『ゴーストワールド』(監督:テリー・ツワイゴフ)が22 年振りの劇場公開を控えているSENLIS FILMS(サンリスフィルム)の池田彩乃さんにインタビュー。池田さんが映画の買付や宣伝の仕事で大切にしていることや、働きながら感じていることなどをお話いただきました。
02インタビュー
――まずは池田さんのこれまでの経歴をお伺いしたいです。
学生のときは哲学や美学を勉強していて、将来的には研究職かアートやメディアに関わる仕事がしたいと思っていました。新卒でテレビ局に勤めたのですが、そこが予想以上にカルチャーとかけ離れた場所で耐えられなくなってしまって(笑)。2年くらい勤めたあと、思い切ってインディペンデント系の配給会社に転職しました。その後、東京国際映画祭の事務局で働いたり、宣伝プロデュース会社で邦画やアニメーション作品の宣伝に携わっていたのですが、「やっぱり自分は国外のアート作品が好きだな」と思い、『心と体と』(2017)などの映画を配給していたサンリスに入社しました。もともとサンリスには「映画部」という部署があったのですが、私が入社したときはスタッフが自分一人しかいなかったこともあり、世の中に認知してもらいやすいように「SENLIS FILMS」という配給宣伝レーベルを発足しました。それまでは公式サイトもない状態だったので、SENLIS FILMSとして仕切り直すと同時に公式サイトも立ち上げて、過去の配給作品の情報にもアクセスできるようにしました。
――SENLIS FILMSのラインナップの中で、池田さんが担当されたのはどの作品からでしょう?
私は『リトル・ガール』(2020) から担当していて、その後『ピンク・クラウド』(2020)、『アシスタント』(2019)、『ゴーストワールド』(2001)の買付から劇場公開までを手がけています。
――SENLIS FILMSの配給作品はいつもポスターなどの宣伝美術が素敵ですが、ビジュアル周りも池田さんが考えているのでしょうか?
これまでほとんど宣伝の仕事しかしたことがなかったので、SENLIS FILMSの配給作品はすべて自分で宣伝プロデューサーを担当して、クリエイティブなどのディレクションも行います。逆に配給にかかわる業務(作品の買付、海外との交渉、劇場営業など)を一から全部一人きりで行うのは初めてで。それに比べれば宣伝は慣れている仕事なので、せめて得意なことは自分でやろうと(笑)。
――ビジュアルを考えるときのこだわりをお伺いしたいです。
基本的にはデザイナーさんにお任せします。事前の打ち合わせでイメージを伝えたら、だいたい素晴らしいデザインが上がってくるので、それほど口を出すことはありません。どちらかというと、文字のフォント、ツメや配置などのほうが気になる性分ですね。あまり文字量の多いポスターが好きじゃないので、海外のアートポスターのようになるべくシンプルに、デザイナーさんが作ってくれたデザインの良さを活かすことを重視しています。説明が多くてわかりやすいものは安心感があるとは思うのですが、それって別の言い方をすると「どこかで見たことがある」ということじゃないかと思うんです。揃って似たようなものを作っても仕方がないですし、一見伝わりにくそうでもデザインがいいものは見つけてもらえるんじゃないかなって。
――『アシスタント』のティザービジュアルはすごく作品を捉えている感じがしました。
この作品の宣伝を立ち上げてすぐ、3DCGアーティスト・POOLさんのアートワークでティザーを作りたいと思いました。作品のコンセプトとPOOLさんの描く顔のない人物や再現されたオフィスの無機的な雰囲気がぴったりはまったので、引き受けていただけたのは本当にラッキーでしたね。そして、『アシスタント』は沈黙の映画なので、作品について表現するのに「言葉が邪魔くさい」と感じていて。POOLさんのアートワークが強かったからできたことですが、キャッチコピーなども載せませんでした。ティザービジュアルを解禁した時、ちょっとどきどきしていましたが「ビジュアルで気になった!」と言ってくださる方が多くて嬉しかったです。たまに海外版ポスターと間違われたりもするんですけど(笑)、それも別の見方をすると「日本の映画ポスターってこういうもの」というイメージが出来上がってしまっているということなのかなと思います。最近、宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』(2023)の宣伝が「宣伝をしない宣伝」と言われていた記憶がありますが、たとえば映画のポスターにお馴染みのキャッチコピーや説明文も、作品にとって必然性がなければ取り除いてもいいんじゃないかな?と、『アシスタント』の頃から考え始めました。
――『アシスタント』は著名人からのコメントも印象に残るものが多かったです。オピニオンを決定するときのこだわりはありますか?
『アシスタント』のコメントは、パンフレットに寄せていただいたエッセイやコラムからの抜粋がほとんどです。映画のコメントやパンフレットを見渡すと「いつもこの人が書いているな」という偏りがある。もちろん書き手の人がそれだけ素晴らしいというのもあると思いますが、そうすると映画の売り方がどんどん画一化して「どうでもいいもの」になってしまう気がしていて。だから、他の映画にどういう人がコメントしているか・寄稿しているかをチェックして、なるべく同じような顔ぶれにならないようにしたいとは思っています。ただ、人の作品や活動を知らないと、自分の中に「この映画だからこの人に依頼したい」という必然性が湧いてこないので、引き出しを増やすために普段からいろんなメディアに触れるようにしています。映画館よりは書店やギャラリーでインスピレーションを得ることが多いですね。
――映画を作る仕事をしたいと思ったことはなかったんですか?
うーん、制作に興味を持ったことはないですね。もともと映画の仕事がしたくて、いまの業界に入ったわけではないんです。TV局から配給会社に転職を決めたのも、そこがいろんな角度からカルチャーを発信する場だったことが大きな理由です。かつて奥渋谷にあった配給会社ですが、そこは映画館、カフェ、ショップのほかにWEBメディアなども運営していて、イベントやワークショップも頻繁に催されていました。物心ついたころから文章を書くことやキュレーションすることに関心があったので、当初はWEBメディアの編集部を志望していました。結局、そこでは最初から最後までずっと配給宣伝部のままでしたが、だんだん映画の仕事がどういうものかわかるようになってからは、買付や宣伝のクリエイティブに関わることへの意欲がありました。そういう意味では、現在は自分がやりたかった仕事ができているので幸運だと思いますが、今度は映画以外のカルチャーや、そこにいる人と関わって一緒に何かをやっていきたいという気持ちが強いです。
――昔は映画ももっとそういう広がりがあったように感じます。ファッションやカルチャーやアートとももう少し近かったというか。
昔のカルチャー雑誌って、ファッションや音楽や文学や映画や演劇や美術、そして思想なんかもすべてが一冊のなかにごちゃ混ぜになっていましたよね。でも、尖っていた雑誌もどんどん大衆化していって、コアなコンテンツが少なくなってしまった気がします。「昔は良かった」とはあまり言いたくないし、つねにアップデートしていきたい気持ちはあるのですが、10代のころに「なんかかっこいい」と思ってわけもわからず捲っていた雑誌の中に広がっていた、混沌としたカルチャーの海みたいなものは、自分のなかに青写真のように刻み込まれているかもしれません。自分も「よくわかんないけどなんかいい」と若い世代の人に思ってもらえるような仕事ができるようになれたらいいなと思います。
――『アシスタント』では労働やハラスメントのことなど、現代社会で声が上がってきている今のタイミングで公開したことも必然性があったように感じたのですが、公開時期なども意識されているのでしょうか?
たまたまです。でも、日本の映画業界のハラスメント問題はかなり自分の身近で起きていて、まったく他人事ではなかった。一人の人間の力だけではどうにもできないことだからこそ、ただもやもやと考えることも多くて。そんななかで、自分なりにできたアクションというのが、『アシスタント』を日本で公開することだったのかもしれません。とはいえ、もちろんテーマだけで配給を決めたわけではなく、『アシスタント』は映画のクオリティも素晴らしかったですし、もともとミニマルな作品が好きな自分の好みにもハマったんです。
――確かに、静かな作品だけれど映像的なこだわりを感じる作品でした。いろいろな劇場で上映されていましたね。
クオリティがしっかりしているので劇場さんからの評価も高く、いろいろな劇場で上映してもらうことができました。個人的には、映画業界に身を置いているからこそ、映画で描かれる空気感など伝わるものもあったんじゃないかなとは思います。
――これからの映画宣伝では、どんなことが大事になってくると思いますか?
映画宣伝の全体について話せるようなことはないのですが、自社の配給作品を宣伝するうえでは「速さ」とか「わかりやすさ」みたいなものには抗っていく……というか「あまり気にしないようにしよう」という気持ちがあります。一人だとできることが限られるので、遅くてもいいし、わかりにくくてもいいと思っている。周りには合わせないで「自分はこれがいいと思ってやっている」というマイペースさを崩さないように心がけています。たとえば、お金をかけたらSNSで広告も流せますし、多くの人の目には入りますが、自分自身は広告で流れるような映画をそれほど観たいと思わないんですよね。いまの気持ちとしては「自ら情報を取りに行きたい」と思えるものを作ることが大事なように感じていて、そうなると自分が信じているものをお客さんにも信じてもらうしかない。何が良くて何を楽しいと感じるのか、自分の基準は見失わずにいたいですね。逆を言えば、器用な人間ではないのでそういうやり方しかできないんですが……。目に見えない遠くに向けてボールを投げるというよりは、SNSに反応してくれている人など、つねに目に見える・手の届く範囲の人のことを想像して宣伝していますね。
――これまでの映画宣伝のセオリーや枠組みを越えていくことも大事になってくるのかもしれないですね。
あまり映画から離れすぎるのも違うので距離感は難しいですが、最終的にうまくいかなかったとしても、どうしたら新しいことを面白くやれるかというバランスは、つねに試行錯誤していきたいです。作品自体もどんどん新しくなっていきますし、権利を預かっている立場として考えることをやめてしまったら、監督や作品に対して誠実ではないとも思うので。
――映画を買付するときは、どんな視点で選んでいるのでしょうか?軸みたいなものはありますか?
個人的には新しい世代の作家を見つけていきたい気持ちがあります。自分が10代のときに触れたポール・トーマス・アンダーソンやフランソワ・オゾンのような有名監督の新作にも憧れはあるのですが、そういう映画は自分ではやれないですし、人手とお金のある映画会社がやってくれたらいい。そのほうが安心して観に行けます(笑)。小規模でやるからには、日本で公開されたことのない監督の作品や、見過ごされた作品を拾い上げて届けることが役目なのかなと思います。作品のクオリティやテーマはもちろんですが、自分で宣伝をするので「宣伝のしやすさ」は大事ですし、できれば若い人にも見てもらいたいので「時代に合っているか」ということは意識しています。規模が小さいがゆえに有名俳優が一人も出ていなかったり、クオリティが高くても内容が伝えにくい場合もある。そういう作品でも幅広い人にアプローチして興味を持ってもらうことが宣伝の仕事。「自分ならこれはキャッチーにできるかも」というものを選んで買付けるようにしています。
――11月23日より再公開される『ゴーストワールド』もその一つですよね。再公開のリアクションを見て、本当にファンの多い作品なんだと改めて感じました。
これまでの担当作品のなかでは、もともと多くの人に認知されている作品でもあるので、リリース時の反応はやはり1番大きかったですね。
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――再公開のきっかけは何だったのでしょう?
近年、旧作の特集上映や4Kリバイバルが盛んなので、ずっと自分も旧作を配給してみたいなと考えていて、そのうちの一本が『ゴーストワールド』でした。劇場で上映する権利の交渉をして、日本語字幕の上映素材を準備して、どこの劇場で公開するかということを決めていたら、このタイミングになったというだけで、タイミングにはとくに意味はありません。いろんな人から「なんで今なの?」と聞かれるのですが、個人的には「え、今っぽいよね?」と内心で思っています(笑)。Y2Kブームなどもあって今の時代に合うんじゃないかなって。
――『ゴーストワールド』作品の魅力を教えてください。
今回、あらためてスクリーンで観直してみて、まったく古びていないと思いました。普遍的で共感を呼ぶけれど、『ゴーストワールド』が特別なのは他の人には真似のできない語り口で描いているから。いつの時代もつねに新鮮で、何よりセンスがよく、いま劇場で上映されていても違和感がないと感じます。ツワイゴフ監督から、当時は『ゴーストワールド』はあまり理解されず、その後に公開された『JUNO/ジュノ』(2007)がヒットして悔しかったという話を聞きました。近年、この作品が「時代を先取りしていた」と言われているように、いま多くの人の感覚にフィットする作品になっていることを願っています。過去に観ていた方は、いま観るからこそ自分自身についての新しい発見があると思います。スマホやSNSこそなかった時代の話ですが、『ゴーストワールド』に初めて出会う若い人には、「いま一番新しい」ティーン映画のように楽しんでもらえたら嬉しいです。
――幅広い世代の方に劇場で楽しんでいただけるといいですね。では最後に、今の映画業界で感じてる課題だったり、これから池田さんが向かっていきたい方向みたいなところをお伺いしたいです。
メインストリームのことはよく知らないのですが、映画ってすごくファンが多いのに、一部の人たちだけで担っていて、クローズドな印象があります。もっといろんな人が配給を始めたり上映イベントを企画することが増えて、ふだん映画を見ない層が見るきっかけになれば「映画」というカルチャーの盛り上がりにもつながると思います。逆に、映画の仕事も他の分野で役立てられたらいいですよね。私も他の仕事をしてみたいです(笑)。
03作品情報
あの二人が帰ってきた!
ソーラ・バーチ×スカーレット・ヨハンソン主演
ゼロ年代青春映画の傑作が22年ぶりの全国ロードショー
11.23(木祝) Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
監督・脚本:テリー・ツワイゴフ
出演:ソーラ・バーチ スカーレット・ヨハンソン スティーヴ・ブシェミ ブラッド・レンフロ ほか
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Photo:Natsuko Saito※人物のみ
Interview:Sayaka Yabe