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Do it Magazine01Panorama Panama Town 岩渕想太さんのシゴトとシネマ
映画との出会いはいつも偶然で、何気なく観た映画が、人生の一本になったりする。【シゴトとシネマ】では、仕事や生き方に影響を与えた、働くことの原動力になっている映画とエピソードを教えていただきます。今回は、Panorama Panama Town ギター/ボーカル 岩渕想太さんの人生を揺るがせた映画と、仕事への想いをご紹介。
02作品名
映画『狼たちの午後』
監督:シドニー・ルメット
ブルーレイ 2,619円(税込)/DVD 1,572円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント
© 1975 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
03インタビュー
――その作品との出会いやきっかけを教えてください。
大学の時です。『タクシードライバー』や『カッコーの巣の上で』とか70年代の気になるアメリカ映画を片っ端から観ていた時期があったんです。その時代の映画に何かすごく心に引っかかるものがあって、『狼たちの午後』はその中の1本でした。
――いろいろ観てきた中でも『狼たちの午後』は特に響くものが?
そうですね。最初は“自分の感覚に合う”という感じで、善悪というものがグラデーションで書かれていて、2時間の時間の中で移り変わったりするところがすごく面白いなと。ベトナム戦争以後のあの時代のアメリカ映画って、“何が正しくて何が正しくないか”ということがすごく揺らいでいた時代だと思うんです。そういう背景や知識みたいなものは、後から調べていくうちにいろいろ知っていくんですけど。
――時代背景なども知りたくなる映画だったと。
自分の考えとしても、もともと善と悪を2項対立に分けることとか、物語がハッピーエンドやバットエンドに帰着するみたいなことをあまり信用していなくて。人ってもっとすごく曖昧なものだし、合間にあるものだという価値観があるんです。『狼たちの午後』はそれらのことを、2時間の中で描いている映画だと思うんですよ。物語が2転3転していく中で、誰が良くて誰が悪いのかということがだんだん分からなくなってくみたいなところが、自分の肌に合っていたし、この映画が自分の居場所だと思えたんです。
――これまで観てきた作品とは岩渕さんの中でどんな違いがあったのでしょうか?
これまで映画を観ていた時は、何かが一見落着することにすごく違和感があったんです。その場はいい気持ちになるんですけど、自分の考えが許容されている感覚はあまりなくて。この映画(『狼たちの午後』)は、自分が漠然と抱いていたロジックというか、善悪ってそういうもんじゃないし、物語はずっと続いていくものだみたいなことを、裏付けてくれたような感覚になったんです。こういうことを思っていたり考えていたりしてもいいんだ、と。
――その考えや感覚というのは、ミュージシャンとして活動する軸にもあるものなのでしょうか?
はい。なので、『狼たちの午後』は仕事面でもすごく影響を受けていると思います。自分の歌も作った曲も、狭間で揺れ動くことを表現したいと思っているし、揺れ動いてる人たちの居場所になればいいなという気持ちがある。これはバンドを始めた時からずっと思っていることなんですけど、自分が映画を観て許容された感覚とか、ここにいていいんだって思えた感覚を、音楽や表現でいろんな人に感じてもらえることができたらいいなと。そして、それを形を変えずにやっていけるのがバンドなんじゃないかと思っていたので。
――バンド活動を行ううえでも「これでいいんだ」と思えた一本だったと?
バンド活動を始めた頃から、善と悪の間とか、光と影の間みたいな、自分にとってどちらにも割り切れない感情みたいなのを歌っていくことが、自分のやりたいことだったので。でも逆に、それを誰かに伝えていくこととか、誰かの居場所になっていくみたいなことは、バンド活動を続けてく中で気付いていったことでもあります。
――そうだったんですね。
例えば、「自分の居場所だと感じられる」とか「自分がいてもいいんだって思える」みたいなことをライブ活動をしていく中で言われたり、音源を聞いたときに「ここが自分の落ち着く音楽です」って言っていただいたり。そういう言葉をいただくたびに、自分の人生の中でそういうことを与えていく、伝えていくことができるんじゃないかという自信がどんどんついてきました。最初は自分が言いたいだけみたいな感じだったんですけど、それがきっと誰かのためにもなるんじゃないかって。
photo :上原 俊
――Panorama Panama Townの楽曲では「真夜中の虹」など映画のタイトルが出て来たりします。映画を観て感じたことを、創作活動や表現にどのように落とし込んでいるのでしょう?
僕は多分そこまで没頭して映画を観ていなくて。メタ的に観ているというか、「なんでこれが感動するんだろう」とか「なんで自分の肌に合うんだろう」みたいなことを観ながら感じることの方が多いんです。ストーリーを一つひとつ追っていくというよりも、強烈なワンシーンが印象に残るし、途中でわけがわからない涙とかが出てきて「これはなんだろう?」って考えることもあります。映画を観て感じた感覚を自分の表現にできないかなって。
――面白いですね。映画観て感じた自分の中での気付きみたいなものは、どう記憶しておくんですか?
どういう感じだろう? なんとなく気になっていてずっと残ってるみたいなこともあるんですけど、多分これは僕の癖で「なんとなく良かった」みたいな感覚をとにかく言語化したくなるんです。これはきっとこうだからよかったんじゃないか、という仮説をまず立てたいというか。
――感じた感覚を、論理的に組み立てていくみたいな。
そうですね。そこが自分の面白くないところでもあり、すごく嫌なところでもあります(笑)。
――映画を観て、もやもやしていたものがクリアになったり、助けられたりすることもありますか?
例えば、1時間半くらいずっとのっぺりしているけれど、後半30分すごくスピードが上がる映画を観た時の感覚を、曲作りの時に思い出したりしますね。以前作ったアルバムの中に「Knock!!!」という曲があるんですけど、最初はずっとのっぺりとしていて、ある瞬間からドライブしていく。そしてそのまま最後のエンドロールまで突っ走るみたいな構成にしていて。映画はそういう曲作りのヒントになったり、悩んだ時に思い出したりしています。
――創作する時によく見る映画みたいなものはありますか?
それこそ『狼たちの午後』と、 フランシス・フォード・コッポラの『カンバセーション…盗聴…』はよく観ますね。最近だと、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』ですね。劇場でも4回観ました(笑)。
――『エブエブ』はすごい構成と気付きの作品ですよね。
そうですね。ここにカメラを置いていいんだとか、強く心に響くシーンがあるとか、何か発見のある映画が好きなのかもしれません。映画に限らず、音楽や本、絵とか現代アートとかでも、発見があるものが好きで。長い時間をかけて美しさがわかっていくことよりも、今まであったものを置き換えることで面白さや美しさが見えてくることに感動するんです。
――同じ作品でも観た時によってまた違う視点が見えてくることもありますもんね。
あと、既存のシステムに依存していないものが好きなのかもしれないです。70年代のアメリカ映画も、これまでにあった映画の枠組みみたいなものを壊そうとしている感じがすごく伝わってきて。“何か1個、打ち立ててやろう”という人間の意地みたいなものに感銘を受けているのかもしれません。
――ご両親の影響で昔から映画を観ていたとのことですが、映画の道へ進もうと思ったことはなかったんですか?
全くなかったですね。ミュージックビデオを作ったりとかはしていましたけど、映画を作ることは自分には無理だと思っています(笑)。監督って、少し離れたところから俯瞰で見たり、構造を考えたりする力が必要だと思いますし、忍耐力も要る。映画監督の話を聞くたびに、曲にかける時間のはるかに長い期間をかけてプロットや脚本を書いていますし、ある一つの美しさを数年間維持することって本当にすごいです。
――なるほど。興味深い視点です。
バンドにも、ライブごとにいろいろな美しさがあったり、いろいろなことを思ったり感じたりする時間はあります。ただ、アルバム制作でも、時間をかけたとしても2年くらいだし、1曲に対しても長くて1年ぐらいだったりするので、長い時間をかけて物を作り続けるのは本当に素晴らしいですし、尊敬しますね。
――岩渕さんの中で、映画ってどんな存在になっているんですか?
なんだろうな。 映画館に行くことも、サブスクで観ることもそうですけど、今の時代、鑑賞中のように何かに時間を拘束されるってことがあまりになさすぎるじゃないですか。なので、上映中や鑑賞中の2時間、拘束されてじっくり何かを見るということがどんなに美しくて素晴らしいことかと。 めちゃくちゃ忙しい時とか、頭でっかちになっている時にこそ、映画を観るようにしているかもしれません。
――ご自身の中でそういう位置づけとして映画があるからこそ、入り込みすぎないというところもあるのかもしれないですね。
そうなんですかね。確かに、映画や映画を観ることは自分自身の逃げ場だと思います。
――ミュージシャンの方って映画好きな人多いイメージがあります。でもクリエイションとして見るとまた違うんですかね。
僕はやっぱり時間の違いだなと思っています。映画は2時間ぐらいあって、曲は大体4分くらいがベースになっている。だからそれぞれに良さがあって、ないものねだりで憧れているんじゃないかってたまに思います。僕はやっぱり2時間の快楽は2時間の快楽でしか味わえないものだと思っているので。
――今回のセカンドフルアルバム『 Dance for Sorrow 』は聴いているといろいろなシーンが頭に浮かんでくるような感じがしました。
今回のアルバムは、心象風景じゃないですけど、自分の手が届く範囲の歌を歌いたいなという気持ちがずっとあったんです。なので、自分の半径何センチかみたいなところしか歌詞にしてなくて、それが今までとはだいぶ違うところだと思っています。
――制作するにあたって何か心境の変化はあったのでしょうか?
コロナ禍以降、自分の手の届くところのことを歌いたいという気持ちになっていったんです。例えば散歩をしている時とか、歌舞伎町の公園でタバコを吸っていた時とか、一つひとつの残っている感覚を、自分だけのノスタルジックなものとか退廃的なものにしたくなくて。映画でも、その世界の中で生きてみたいとか、疑似体験したいみたいな感覚ってあると思うんですけど、そういう感覚の歌詞になればいいなと思って作っていきました。
――コロナ禍での変化はどんなものがありましたか?映画もいろいろご覧になりましたか?
親が好きだったのもあるんですけど、青山真治監督の『北九州サーガ』という3部作、『Helpless』『EUREKA ユリイカ』『サッド ヴァケイション』を観ました。めっちゃよかったです。北九州って間の町なんですよね。都会でもなければ田舎でもなくて。昔栄えていたけれど、今は廃れ切っているわけでもなくて。どこか寂しさを感じるんだけど、人の熱はあって。白と黒の間みたいな、コントラストの間にある街だと思ってるんですけど、正にその街の感覚が映画になっていたような感じがしました。
――面白いですね。
内容も、いいことと悪いことの間を彷徨うような作品だったなと、すごく胸に残っています。
――その感じって、これまで岩渕さんがこれまでバンドで歌ってきたことに近いのでは?
やっぱり人間は絶対に分類されてはいけないし、その間にいることがどれだけ大事で素晴らしいものか、という歌をこれからも歌っていきたいと思っていますし、自分も何かに括られそうになった時に、そういう存在に救われてきた経験があるので。おこがましいかもしれないですが、自分と同じように馴染めないでいる人たちに場所を作りたいと思っていて、自分がこれまで受けとってきたものを手渡ししていきたいという気持ちがあるんです。
――では最後に、岩渕さんが感じる『狼たちの午後』の魅力を改めて教えてください。
2時間という時間の中で、銀行強盗の2人を主人公に、いろいろな立場のいろいろな人がさまざまな思いを抱えてすれ違っていく。そしてその中で、善悪の基準がどんどんブレていく。誰がヒーローで誰が悪いやつなのかがわからなくなってくところがすごく面白いですし、本当に映画でしかできないことだなと感じています。あと、当時のアメリカの感覚をいろいろと学ばせてくれる側面もあって、戦争終わりで何が正解なのかがわからない時代の空気感がすごく出ているんです。そこがこの作品の好きなところですね。
04プロフィール
岩渕想太(いわぶち そうた)
Panorama Panama Town(パノラマパナマタウン)のボーカル、ギター。
1995年1月18日、福岡県北九州市の商店街生まれ。実家は餅屋。
2nd Full Album「Dance for Sorrow」:Streaming・Download
Instagram:@buubuu_ppt
X::@perrrrbuwa
photo:Natsuko Saito
interview&text:Sayaka Yabe