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Do it MagazineDo it Theaterが注目のシアターカルチャーをクローズアップする企画[Do it Close-up]。今回は、伝説の写真家・深瀬昌久の人生を描いた映画『レイブンズ』(2025年3月28日公開)のマーク・ギル監督にインタビュー。ある新聞記事をきっかけに深瀬昌久とその妻・洋子の関係に魅力を感じた監督が、どのようにして本作を手掛けたのか、制作の裏側を深掘りしました。深瀬昌久を描く上で不可欠だった浅野忠信との関係や、映画制作における監督のこだわりについてもお伺いしました。
3月28日よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国ロードショー
北海道の高校を卒業した深瀬は、父の写真館を継ぐことを拒んで上京する。 彷徨う日々の中で彼は洋子に出会う。洋子は美しく力に満ちていた。洋子が深瀬の写真の主題となり、二人はパーソナルでありながら革新的な作品を作り出していった。家庭らしい家庭を知らずに育った深瀬は、家族愛に憧れていた。洋子の夢を支援するため懸命に働く深瀬だったが、ついに洋子の信頼を裏切り彼女の夢もうちくじいてしまう。 深瀬「写真家にまともな生活はない。俺はカメラを武器のよう に使った。俺が愛する全てのものと全ての人を俺の仕事に 引きずり込んだ」 洋子「そんなものの後ろに隠れてないで…。私を見てよ…カメラ じゃなくて人の眼で見て。」 天賦の才の一方で、心を閉ざし、闇を抱えていた。それは異形の”鴉の化身”として転生し、哲学的な知性で芸術家への道を容赦なく説き、翻弄する。深瀬の最愛の妻であり最強の被写体であった洋子の存在を犠牲にしてもー。闇落ちから深瀬を守ろうとする妻洋子―1950年代の北海道、70年代のNY、1992年東京まで、疾風怒濤のダークでシュールなラブストーリー。
01写真家 深瀬昌久との出会い
――今回の映画のアイデアについてお聞きしたいのですが、深瀬昌久さんを題材にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
イギリスにいたときに読んだ新聞に深瀬さんのことが紹介されていたんです。
記事では彼と洋子さんの関係にフォーカスが当てられていて、それがとても素敵なラブストーリーだと感じました。それで、この映画を作りたいと思ったんです。
――それまでは深瀬さんのことをご存じなかったのでしょうか?
はい、マニアックな写真家たちの間で彼の名前は知られていましたが、あまり一般的ではありませんでした。
監督・脚本・プロデューサーマーク・ギル | 英国マンチェスター出身。作家、監督、写真家であるマーク・ギルは、グラフィック デザインを学んだ後、18 歳でワーナー ミュージックとのレコーディング契約を結んで芸術活動を開始。映画監督として、これまでに米国アカデミー賞および英国アカデミー賞から着眼される功績をあげている。長編デビュー作は、UKロックシーンのアイコン的存在であるスティーブン・モリッシーの青春を描いた『イングランド・イズ・マイン モリッシー、はじまりの物語』。2017年のエジンバラ国際映画祭のクロージング上映を皮切りに世界各国で公開され(日本では2019年)、英国の最も権威ある映画賞のひとつであるマイケル・パウエル映画賞にもノミネートされた。最近では、 AI アーティスト Voltaine と協力して、映画からのバリエーション AI 生成ビデオを作成。
――新聞記事を読んで、興味を持たれたということですね。
そうですね。記事がきっかけで彼についてもっと知りたくなり、そこから本格的なリサーチを始めました。写真集をたくさん購入し、さらにアメリカ人で深瀬さんのことを研究している方の存在を知り、彼にコンタクトを取りました。彼は2002年に洋子さんにも会っていて、日本で深瀬さんの研究をしていたんですが、その彼の協力が、映画制作にとても役立ちました。
――『レイブンズ』というタイトルですが、深瀬と洋子の関係を伝える物語でなぜ「カラス(Ravens)」という意味を選んだのでしょうか?
最初に脚本を書き出したとき、深瀬さんと洋子さんの2人は、まるで2匹のカラスのようだと思いました。それが複数形で「レイブンズ」となったんです。
一方で、調べてみると、世界中でカラスは非常に知能が高いことで知られていることが分かりました。日本ではさまざまな神話にも登場していますが、そういった背景から、カラスという存在が知能や文化的な側面を表現できると思い、このタイトルに決めました。
――映画制作には5年という長い準備期間があったそうですが、どのようなことに時間をかけていたのでしょうか?
監督としては準備しなければならないことが本当に多く、どれが一番大変だったとは言い切れません。ただ、特に時間をかけたのは、デジタルでのストーリーボード制作ですね。日本でいうところの絵コンテにあたる作業で、構図や画角を細かく考えながら作り込んでいきました。
――なるほど。コミュニケーションの助けにもなりそうです。
そうですね。特に言語の違いがある中でとても助けになりました。このビジュアルを見れば、みんながどのように撮影を進めたいのかが理解できるため、とても良かったです。例えば、美術スタッフがカメラのアングルを確認できると、セットの装飾や配置を自分で決められるので、時間の節約にもなり、私たちの意図を正確に共有できた点が非常に良かったです。
02深瀬の二面性を具現化した浅野忠信の圧巻の演技
――新聞をきっかけに深瀬のことを知ったという話ですが、監督ご自身が深瀬を知っていく中で、共感した点や、同じ芸術家として魅力を感じた部分はどこでしょうか。
深瀬さんの持つ二面生に非常に魅力を感じました。彼は、クレイジーな一面を持ちながらも、とても静かな一面もある人物でした。そのギャップが実際の写真にも表れています。洋子さんや家族、他の作品と比較すると、その二面生が際立って見え、非常に印象的でした。
――その二面生を映画の中で表現する際に、何か工夫された点はありますか?
まずは、浅野忠信さんをキャストに選んだことです。彼をキャスティングすることで、その二面性を表現できると考えました。それから、よみちゃんの役割も重要でした。
© Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films
――浅野さんの演技を実際に見て、どのように感じましたか?
本当に素晴らしい演技でした。彼は、しっかりと準備をしてきてくださり、撮影が非常にスムーズに進みました。実際、1テイクで決まることが多く、かかっても3テイクくらいでした。彼が準備してくれたおかげで、こちらも素晴らしい瞬間に備えることができました。スタッフ全員がその準備を意識していたので、とても楽しく、素晴らしい撮影になったと思います。
――深瀬を作り上げていく過程で、浅野さんとはよく話し合いをされたのでしょうか?また、監督が深瀬をどう表現するかについて、浅野さんにどのように説明されたのでしょうか?
実際、全く話し合っていません。 これが私のやり方なんですが、非常に面白いことだと思っています。私は俳優を信頼し、自分が伝えたいことはすべて脚本に書き込んでいます。それを具現化するのは俳優の仕事なので、すべてを彼らに任せ、任せたものは信じて、その結果がどうなるかを見るだけです。こうしたやり方があるので、途中でキャラクターについてどうこうというディスカッションはしません。
――そんな中、浅野さんをはじめ、キャストの皆さんは素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたということですね。
そうですね。ただ、浅野さんは本当に特別だったと思います。瀧内公美さんに関しては、彼女が非常に多くの質問をしてださるので、できるだけ丁寧に答え、脚本の中で彼女の役割について伝えることはありました。しかし、演技の仕方やキャラクターについて具体的に教えたり、話し合ったりすることはありませんでした。基本的には俳優とキャラクターの役作りに関するディスカッションはあまり行わなかったと思います。
――では、スタッフ間ではどうでしたか?
スタッフ間では頻繁に話し合いました。撮影監督はイギリス人で、50年代のスタイルを共に作り上げるため、シーンの取り方についてじっくり話し合いをしましたね。日本のクルーには英語ができる助監督のチーフがいたので、彼を通じてしっかりコミュニケーションを取ることができたと思います。撮影スタイルの違いがありましたが、その違いを尊重しつつ、自分の意見を伝えて作業を進めました。日本のクルーも私を信頼してくれ、細かい部分でも意見を交わしながら最良の結果を目指しました。
03映画化の共通点:深瀬とモリッシーの特別な魅力
――前作『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』では「ザ・スミス」のボーカリストのスティーブン・モリッシーの人生を描いた作品を作られていましたが、監督の中で、これらの作品に共通する「この人物を映画にしたい」という何か特別なポイントがあったのでしょうか?
二人とも社会から少し外れた存在だと言えるかもしれません。簡単に社会に従うタイプではないというか。私自身もクリエイターなので、そういったところに魅力を感じたのかもしれません。
――確かに、独特な魅力を感じます。
深瀬さんに関しては、誰かに彼の伝記映画を撮ってくれと言われたわけではなく、私が彼の人生を調べていくうちに、「彼の人生を他の人に伝えなければならない」という気持ちが強くなったからです。だから、モリッシーも深瀬さんもクリエイターとして共通の何かを感じたのだと思います。
――これからも、同じような芸術家の映画を撮りたいと考えていますか?
現時点では、特定の人物に焦点を当てた映画は考えていません。逆に、全く違うことを撮りたいと思っています。絶対に撮らないとは言いませんが、今はその方向から少し離れたいと考えています。
04「映画のルールを破る」―監督が語る記憶に残るシアター体験
――記憶に残っているシアター体験はありますか?
はい、一度映画を観終わって外に出た後、すぐに同じ映画をもう一度観たいと思って映画館に戻ったことがあります。パオロ・ソレンティーノ監督の『グレート・ビューティー/追憶のローマ』です。その映画が、映画館での体験として今でも記憶に残っています。
――その映画がなぜ、そんなに強い衝動を引き起こしたのでしょうか?
それはまるで夢のような2時間でした。この監督はフェデリコ・フェリーニとよく比較されることがありますが、私は全く異なると思っています。フェリーニとは違う感覚があり、夢のような時間に魅力を感じました。宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』を観たときにも、同じような感覚を抱きました。そういった感覚が好きなんです。
――なるほど、面白い共通点ですね。
さらに、どちらの映画にも共通して言えるのは、映画作りのルールを破っているという点です。非常に自由な映画で、それがまた面白いんです。『 レイブンズ』もそうだと思います。
05作品情報
3月28日よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国ロードショー
(Story)
北海道の高校を卒業した深瀬は、父の写真館を継ぐことを拒んで上京する。 彷徨う日々の中で彼は洋子に出会う。洋子は美しく力に満ちていた。洋子が深瀬の写真の主題となり、二人はパーソナルでありながら革新的な作品を作り出していった。家庭らしい家庭を知らずに育った深瀬は、家族愛に憧れていた。洋子の夢を支援するため懸命に働く深瀬だったが、ついに洋子の信頼を裏切り彼女の夢もうちくじいてしまう。 深瀬「写真家にまともな生活はない。俺はカメラを武器のよう に使った。俺が愛する全てのものと全ての人を俺の仕事に 引きずり込んだ」 洋子「そんなものの後ろに隠れてないで…。私を見てよ…カメラ じゃなくて人の眼で見て。」 天賦の才の一方で、心を閉ざし、闇を抱えていた。それは異形の”鴉の化身”として転生し、哲学的な知性で芸術家への道を容赦なく説き、翻弄する。深瀬の最愛の妻であり最強の被写体であった洋子の存在を犠牲にしてもー。闇落ちから深瀬を守ろうとする妻洋子―1950年代の北海道、70年代のNY、1992年東京まで、疾風怒濤のダークでシュールなラブストーリー。
監督/脚本:マーク・ギル
製作:VESTAPOL/ARK ENTERTAINMENT/ MINDED FACTORY/ KATSIZE FILMS/THE Y HOUSE FIILMS
製作協力:TOWNHOUSE MEDIA FILMWORKS/TEAMO PRODUCTIONS HQ
撮影:フェルナンド・ルイス
音楽:テオフィル・ムッソーニ ポール・レイ
出演:浅野忠信、瀧内公美、古舘寛治、池松壮亮、高岡早紀
2024年/フランス、日本、ベルギー、スペイン/日本語、英語/116分/カラー/2.35:1/5.1ch
原題:RAVENS/日本語字幕:先崎進/ 配給:アークエンタテインメント
公式サイト:www.ravens-movie.com
Instagram:@ravens__movie_jp
X:@RAVENS_movie_JP
写真:石井朋彦(@tomohiko_ishii /@icitomohiko)
interview&text:reika hidaka