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Do it MagazineDo it Theaterが、いま注目の映画と人、その背景にある物語を掘り下げてお届けする企画[Do it Close-up]。
今回は、若者たちの不安や孤独、すれ違いながらもつながろうとする心の動きを丁寧に描いた映画『ROPE』を特集します。
インタビューに登場するのは、監督・八木伶音さんと、主演の樹さん、ヒロインを演じた芋生悠さん。
キャラクターを“映画的に”ではなく、“誰かとして生きる”ために――。脚本づくりから撮影現場での対話、そして役への向き合い方まで。
登場人物たちの揺らぎやグラデーションを、どうリアルに立ち上げていったのか。その創作のプロセスをたどります。
不眠症に悩まされている無職の青年 平岡修二。彼は謝礼の10万円を目当てに、失踪した20代女性「小川翠」を探し続ける。徐々に彼女に意識を占領されていく修二。「なぜ翠は“尋ね人”となってしまったのか」そこには悲しすぎる過去があった。
01「眠れない夜」から生まれた“人探し”の物語
――本作のストーリーは、どのようにして生まれたのでしょうか?
八木伶音監督(以下、八木監督):普段、不安を感じて眠れない夜があって、そんなときに住宅街を歩いていたら、「尋ね人」の張り紙が貼られているのを見かけて、なんだか気になったんです。
その光景が頭の中にずっと残っていて、「これを映像にしたい」と思ったのが、最初のきっかけでした。いわば、ビジュアルのイメージから始まった企画でしたね。
監督・脚本八木伶音 | 1998年9月25日生まれ 東京都出身 2017年 日本大学芸術学部映画学科監督コース入学。入学後多数の自主制作映画を撮影。卒業制作映画「低地の町」(40分)を監督・脚本担当として製作。卒業後フリーランスの助監督として働く
――それは、いつ頃のことだったのでしょうか?
八木監督:2年前の夏、ちょうど7月ごろです。樹から「自主制作映画を一緒にやらないか」と声をかけてもらって、そこから企画書を作る中で「自分は何を描きたいのか」を考えました。
ロードムービーや会話劇など、自分のやりたい要素をいろいろと盛り込んでいった形です。
――その“映像にしたいビジュアル”は、普段監督が見ていたものや感じていたこととつながる感覚だったのでしょうか?
八木監督:そうですね。僕は大学を卒業してから映画の現場で助監督をしていたんですが、キャリアを重ねるうちに、「映画を映画館で観る機会が減ってきたな」と感じるようになりました。
同時に、自分で映画をつくるということからも、少しずつ遠ざかっているような気がしていて。
そこで一度、助監督の仕事をセーブしてみたんです。すると、「明日からどうしよう」と、不安を感じる日々が訪れて……。
今回の脚本には、ちょうどその時期の自分の心情が、少し投影されていると思います。
――その不安な時期に、ちょうど樹さんから声をかけられたんですね。樹さんは、なぜ「映画を撮りたい」と思われたのでしょうか?
樹:もともと俳優として映画に関わることが第一の夢だったんですが、大学で映画を学ぶうちに「いつか自分で映画をつくってみたい」という気持ちも芽生えていました。
長編での主演作もほしいと思っていたので、「じゃあ自分で作ろう」と、八木に声をかけたのが始まりです。企画書は、まさに二人三脚で作っていきました。
樹(平岡修二 役) | 1999年11月18日生まれ。滋賀県出身。2022年の関翼監督『AREA』でデビュー以降、映像を中心に俳優、モデルとして活動。俳優業を続ける傍ら、映画の現場で演出部としての参加や、映像媒体でのインタビュアーとしての出演など多面的に映画との関わりを続ける。映画『ROPE』にて初のプロデューサーとして長編映画を製作。今後は俳優業と映画製作両軸の活動が期待されている。
――そうだったんですね。初めて企画書を読んだときは、どんなお気持ちでしたか?
樹:普段から仲がよかったこともあって、お互いに持っている感覚がすごく近いと感じました。
「これは自分たちだけじゃなく、20代全体が感じていることかもしれない」
「いや、もしかしたら、20代に限らず、大人たちみんなに共通していることなのかもしれない」——そんな思いを共有しながら、企画をつくっていったように思います。
02わかるようで、わからない——役との距離に立つ
——芋生さんは最初に脚本を読んだとき、「翠」のことをどう感じましたか?
芋生悠(以下、芋生):まず「捉えどころのないキャラクターだな」と感じました。それは修二にも言えることなんですが、ふたりともどこか掴みきれないところがあって。
脚本の中でも、あまり説明がされていないので、いろんな場面を通じて、少しずつ人物像が立ち上がっていくような印象でした。
読んでいる段階では分からなかった部分が、お芝居を重ねるうちに見えてきたというか。
特に、翠が抱えている孤独感や、誰にも打ち明けられないような苦しさは、演じてみて初めて理解できた部分でした。
芋生悠(小川翠役) | 1997年12月18日熊本県生まれ。2015年のデビュー以降、映画、ドラマ、舞台などで活動。出演作は映画『ソワレ』(外山文治監督)、映画『左様なら』(石橋夕帆監督)、映画『ひらいて』(首藤凛監督)、映画『37seconds』(HIKARI監督)、ドラマ『SHUT UP』ほか。2024年には映画『夜明けのすべて』(三宅唱監督)、映画『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(井上淳一監督)、Netflixシリーズ『極悪女王』などに出演。 2025年には映画『おいしくて泣くとき』(横尾初喜監督)、映画『ROPE』(八木伶音監督)などに出演、自身初監督作映画『解放』を公開。公開待機作に映画『次元を超える』(豊田利晃監督)、映画『バカンスは始まったばかり』(木村聡志監督)を控えている。
——その感覚って、ご自身とは少し違うなと思って見ていましたか? それとも、通じる部分もありましたか?
芋生:通じる部分は、けっこうありましたね。翠は、自分の苦しさを外に出さない子だなと感じていました。人には見せずに、いろんなものを心の中に抱え込んでしまう。その結果、自分の中の“紐”がぐちゃぐちゃに絡まって、もうほどけなくなってしまうような感覚。そういう部分にはすごく共感しながら、演じていました。
——樹さんは、修二をどのように見ていましたか?
樹:僕も重度の不眠症というわけではないんですが、寝る前にいろいろと考えすぎてしまうタイプで。そういう部分は、修二にも、翠にも、ほかのキャラクターたちにも共感できるところがありました。
それに、ずっと八木とは仲が良かったので、修二のセリフを読んだときに「あ、これ八木だな」って思ったんですよね(笑)。
共通の知人のことが書かれているような、そんな気持ちで、脚本の最初のページを読み始めた記憶があります。
——映画を観ていて印象的だったのは、登場人物みんなが「グラデーションのある人間」として描かれていたことです。特に修二は、どこか掴みきれない人物にも感じられました。実際に、修二が現実にいたら、友達になれると思いますか?
樹:うーん……友達にはなりたいと思います。でも、仲良くなれるかどうかは、ちょっと分からないですね笑。
芋生さんも言っていたように、翠は自分をあまり出さないキャラクターですが、修二もまた、描かれていない部分がすごく多いんです。
映画の中だけでなく、もし現実に修二がこの街にいたとしても、きっと心の奥はなかなか見せない人だと思います。
だからこそ、仲良くなれるかどうかは分からないけど……でも、すごく興味はそそられる。面白いやつだな、とは思いますね。悪いやつじゃないと思います。
03キャラクターが“誰か”になるまで
——正直、最初は修二のことを「なんだこの人?」と、少し苦手に感じていました。でも実は優しさや気遣いもあって。翠も破天荒に見えて、実は人を思いやることができる子。他のキャラクターたちもそれぞれに良さと弱さを抱えていて、その描かれ方が本当に自然で、途中まで気づかないほどでした。「ああ、これが“人間”なんだな」と、深く感じたんです。そうした人物描写のなかで、撮影現場ではキャストやスタッフの皆さんと、どんなことを話し合い、大切にされていたのでしょうか?
八木監督:そうですね。特に撮影に入る前から意識していたのが、修二のキャラクターについてでした。
突拍子もない行動をとったり、友達を失ってしまいそうな言動をしたりするんですが、それでもどこか憎めない、共感できる人物にしたいというのが、僕たちふたりの共通した思いで。 その点は、樹が本当にうまく表現してくれたと思っています。
翠に関しても、ただ暗くて病んでいるような、ひとりで塞ぎ込むキャラクターにはしたくありませんでした。 少し寂しさを抱えながらも、誰かと話したい、関係を修復したいという気持ちを持っている。
修二が現れたとき、ただ拒絶するのではなく、少しずつ心を開いていくような側面もあるんです。
そうした“一面的ではない”人物像にすることは、登場人物すべてにおいて意識していたことですね。
© 映画「ROPE」
——その中でも特に、「このシーンはこだわった」「よく話し合って撮影した」という場面があれば教えてください。
八木監督:そうですね……「いちばん」とは言い切れないかもしれませんが、印象に残っているのは、修二と翠が初めてちゃんと顔を合わせて話すシーンです。
最初、翠が修二に舌打ちして拒絶するようなリアクションをするんですが、その後、自然とふたりでお酒を飲む流れになる。
脚本上、明確な理由があるわけではないんですが、「なんとなく一緒にいる」「なんとなく話し始める」という空気感を成立させたかったんです。
だから、雰囲気づくりにはかなり気を配りました。
実際に撮ってみると、ふたりが並んだときの空気感がすごくよくて、「これはいい流れになったな」と思えたシーンでした。
——たしかにあのシーン、いきなりタバコを吸ったり、お酒を飲みはじめたりって、流れとしては急なんだけど、「あ、修二だったらあり得るかも」って、なぜか納得してしまいました。
八木監督:そうそう、なんというか、“侵入された感じ”というか。翠の中にある縄張りに、誰かが入ってきたような感覚。でも同時に、翠にとっては初めて「対話ができる相手」が現れた瞬間でもあった。そこはすごく大事なシーンでしたね。
——なるほど。では、樹さんと芋生さんは、撮影中にどんなやりとりがありましたか?監督の思いは、どう受け取っていったのでしょうか。
芋生:監督の思いは脚本にすべて詰まっていたと思います。
「きっとたくさん悩んで、ここまで書いてきたんだろうな」と感じていて、現場に入る時点で「ある程度はわかっているつもり」でした。
監督ってすごくシャイだけど、優しさがあって、実は内に熱いものを持っている人で。
その人柄が作品全体ににじみ出ているというか、映画にそのまま表れているような気がしていました。
だからこそ、監督のプライベートな部分を知れば知るほど、役への理解も深まっていくような感覚がありました。
——監督を知れば知るほど、キャラクターの輪郭が見えてくるようですね。樹さんはいかがですか?
樹: そうですね。現場ではもちろん、具体的な演出の声かけもありましたけど、それ以前に、一緒に企画を立ち上げて、初稿から決定稿になるまでのあいだに、何度も話し合っていたんです。だから、「八木はこの役をこう見ているんだな」というのは、すでに自分の中に積み上がっていました。
——それは、言葉のやり取りだけで積み上げていかれたのでしょうか?
樹:そうですね。あまり「この作品を参考にしてほしい」みたいな提示はなかったです。「この人はどういう性格で、どんな背景を持っているのか」って、人間としてキャラクターをどう捉えるか、という話をよくしていました。“映画っぽく”というよりも、“生きている人としてのリアルさ”を大切にしていたと思います。
© 映画「ROPE」
04お気に入りのワンシーンから見える、それぞれの“らしさ”
——最後に皆さんそれぞれ、「お気に入りのシーン」を教えていただけますか?
樹:僕は、貴子と聡が翠の張り紙を手に、車の中で会話しているシーンが好きです。
修二が、その車の窓ガラスに映って、コンコンとノックしてから会話に入っていくんですけど、最初は「なんだこいつ?」ってなるんですよね(笑)。
でも、それがちょっとギャグっぽくもあって、関係を壊すわけじゃなく、次の展開に自然につながっていく。「空気感を気にせずぶち壊せる」みたいな、修二らしい大胆さが出ていて、そこがすごく良かったなと。
編集で観たときも爆笑したし、台本でも笑ったし、実際に演じてみても「意外と何も考えずにいけるもんなんだな」って感じました。
© 映画「ROPE」
芋生: 私は、修二が本を読んでいて、そのページをめくる音を聞きながら、翠が眠りにつくシーンがすごく好きです。
なんてことない場面なんだけど、本当に安心できるというか、穏やかな時間が流れていて。
「ああ、こういう時間って大事だな」って、じんわり思えるシーンでした。
八木監督: 僕は……聡と貴子がふたりで話すシーンですね。ちょっと痴話げんかのような雰囲気なんですけど、それがすごく自然で好きでした。
聡の情けなさと、貴子の素直な想いがぶつかり合っているけど、嫌な感じではなくて。
脚本で描いた以上に、空気として立ち上がってきたというか、画面越しに“温度”が感じられたんです。自分でも「ああ、これはいいな」と思えるシーンでした。
© 映画「ROPE」
05作品情報
全国公開中
明日が見えない男と壊れゆく女のボーイミーツガール
企画・主演の樹と監督の八木伶音 共に長編 初主演・初監督作となる「ROPE」。ゆるやかにディストピア化しつつある社会に生きる不眠症の青年と悲しい過去を持つ女性との出会い、そして彼らを取り巻く様々な人々との対話を通じ、モラトリアムにかすかな希望の光が差し込む様子が描かれる。本作のキャスト・スタッフは20代を中心に構成され、”戦える”映画を生み出すべく、それぞれの才能を惜しみなく注ぎ込んだ。ヒロインである芋生悠を筆頭に、若い世代の実力派俳優たちが起用されているほか、主題歌を務めるのは、多くの音楽ファンから注目を集めるロックバンドMONO NO AWARE、MIZの玉置周啓であるなど、次世代の才能が集結した作品である。リアルに切り取られる等身大の若者たちの姿に、誰もが “見えない明日を生きていくこと”について思いを馳せる機会になるだろう。
樹 芋生悠 藤江琢磨 中尾有伽
倉悠貴 安野澄 村田凪 小川未祐 小川李奈 前田旺志郎
大東駿介 荻野友里 水澤 紳吾
監督・脚本:八木伶音
劇伴:TAKU(韻シスト) 主題歌:玉置周啓(MONO NO AWARE/MIZ)
助監督:横浜岳城 撮影:遠藤匠 照明:内田寛崇 録音:家守亨 グレーディング: 杉元文香
現場スチール: 竹内誠 ヘアメイク:村宮有紗 衣装澪 小道具・美術:天薬虹花
ポスタースチール:野口花梨 ポスターデザイン:徐誉俊
音楽協力:nico 宣伝:平井万里子 配給:S・D・P
2024 年 / 日本 / 16:9 / 5.1ch / 93 分 ©映画「ROPE」
photo:Cho Ongo(@cho_ongo)
interview&text:reika hidaka
hair&make-up:村宮有紗
stylist(芋生悠):澪