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Do it Magazine01ハッカニブンノチ 下村祐一さんのシゴトとシネマ
映画との出会いはいつも偶然で、何気なく観た映画が、人生の一本になったりする。【シゴトとシネマ】では、仕事や生き方に影響を与えた、働くことの原動力になっている映画とエピソードを教えていただきます。今回は、ハッカニブンノイチ 下村祐一さんの人生を揺るがせた映画と、仕事への想いをご紹介。
02作品名
映画『浮き雲』
監督:アキ・カウリスマキ
(C)Sputnik Oy
特集上映「愛すべきカウリスマキ」にて『浮き雲』全国順次上映中
3月16日(土)~4月5日(金) 大阪 シネ・ヌーヴォ
03インタビュー
――その作品との出会いやきっかけを教えてください。
昔から映画を観るのが好きで、アキ・カウリスマキ監督のことは若いころ「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」を観ていて知っていたのですが、『浮き雲』は『街のあかり』のパッケージが発売されるタイミングで、監督の過去作を遡って観ていく中で出会いました。「敗者三部作」(『浮き雲』『過去のない男』『街のあかり』)はどの作品も大好きなんですけど、今回は自分たちの仕事とリンクするところのあった『浮き雲』をセレクトしました。
――作品からはどんな影響を受けましたか?
お店を始める前まで、僕は映画会社でもありCDやDVDなどを卸す会社で営業、マーケティングの仕事をしていて、奥さんはずっとお花の仕事をしていました。お店を構える直前まではお花を自転車の木箱に積んで移動販売をしていたので、土日などお休みの時は僕も時々お手伝いしていたんです。
お店を始めることを決めたのは、2020年のコロナ禍を経て「この先どうしていこうか」と考えていた頃。その時にもう一度カウリスマキ監督の『浮き雲』を観て、すごくグッとくるものがあったんです。カウリスマキ監督の作品の中には『白い花びら』のようなちょっと救いようのない映画もありますが、『浮き雲』はちゃんと希望が見える終わり方になっている。そのラストシーンにも勇気づけられました。
――下村さんが感じる『浮き雲』の魅力を教えてください。
映画では、再就職するために夫婦で苦労して仕事を探していきます。いろいろ試しますが、結局は自分の好きなことで仕事を見つけ、新しく始めたレストランの運営もうまくいくような終わり方になっているんです。なので、『浮き雲』からは「自分の好きなことをする」ということの大切さを教えてもらいました。それしかできない、ということもありますが。
あと、周りとの絆の大切さにも気付かせてもらったように思います。僕たちも『浮き雲』と同じようにお店を始めた頃はなかなかお客さんが来なくて大変な時期もあったんです。でも、辛かった時もお客さんや周りの人たちに支えられて、だんだんと前向きな考え方ができるようになっていったので。お店を始める時に、「観てよかった」と感じた1本です。
――なぜ豪徳寺でお店を始めることにしたのでしょうか?
実をいうと、豪徳寺はこれまで何の所縁もない場所だったんです。
――そうだったんですね。
奥さんがお花の移動販売をしていたのは、新宿や池袋、巣鴨とか銀座などが多かったんです。でもたまたま、僕のサラリーマン時代の後輩が豪徳寺駅前の立ち飲み屋でアルバイトをしていて、お店の前で販売させてもらった時にこれまでの3倍もお花が売れまして……。「なんていい街なんだ!」と、とても驚きました。今でも豪徳寺では、街でお花を持って歩いている方をよく見かけます。
――そんなご縁もあって、「ハッカニブンノイチ」を豪徳寺に2022年5月にオープンされました。実際にお店を始めてみていかがですか?
うちはお花とレコードのお店ですが、街のお花屋さんとして、ご年配の方やお子様連れの方、犬のお散歩がてら立ち寄ってくださる方など、幅広いお客さんにご来店いただいています。なおかつ、レコードを置いていることもあってか男性のお客さんも多い。カップルで来られてお花とレコードをそれぞれ選ばれるお客さまもいらっしゃいます。レコードを目当てにいらっしゃった常連さまも、途中でお花に魅せられてお花ばかり買っていかれる方もいます。よく言えばバランスが良い店だな、と。
――幅広いお客さんに愛されているんですね。
小学生のお客さんもいて、いつも学校帰りの駄菓子屋さんのように立ち寄ってくれるんです。お店で他のお客さんと喋ったりして、みんなから可愛がられています(笑)。あと、映画の名前を屋号にしていることもあって、映画好きな方や映画関係の仕事をされている方も多くいらっしゃるんです。映画に出てくるイメージでブーケをオーダーいただくこともありますね。
――気付きや変化もありましたか?
日々新しい気付きばかりです(笑)。近所に住んでいる方はもちろん、インスタを観て来てくださる方や、地方からいらっしゃる方もいるので、SNSはこまめに更新しています。インスタではお客さんの写真を撮らせてもらってOKの方のみ掲載させていただいているんですけど、たまたまお店でお会いしたお客さん同士が仲良くなることもあって、嬉しくなります。
――そもそも、下村さんが映画をよく観るようになったきっかけはなんだったんですか?
僕の地元は高知県なんですけど、映画館とかも少ない地域で生まれ育ったので、映画や音楽に触れられる機会がなかなか無かったんです。でも、学生時代にTSUTAYAでアルバイトを始めたことをきっかけにいろいろな映画や音楽を知り、そこからどんどん深堀して、インディペンデントな作品も観たり聴いたりするようになっていきました。
――映画がお好きだったから、お店の名前をフェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2(はっか にぶんのいち)』にしたのでしょうか?
候補は他にもいくつかあったのですが、最終的に「ハッカニブンノイチ」に決めました。うちのブーケやアレンジメントは比較的高さや動きのあるものを作っているので、お客さんから「花が踊り出しそう」ってよく言われているんです。映画『8 1/2』でも最後の方にダンスをするシーンがあるので、「踊り出しそうな花」を意識したお店作りをしています。
――確かに、お店のレイアウトも立体的で入口から覗くだけでワクワクします。お店に来るお客さんとはいろいろとお話されているんですか?
そうですね。会話は特に大事にしています。お花もレコードも、お客さんのお話を聞いて、寄り添いながら一緒に選んでいます。レコードも実際に試聴されてから買う方が多いので、そこから話が弾むことも多いんです。
――レコードを仕入れたり入れ替えたりする時は、毎回テーマとか決めているんですか?
ディスプレイやお店で流す音楽は、その日の気分で変えることが多いです。自分の中でもブームがあって、最近だとニーナ・シモンやドゥルッティ・コラムなどをよく流しています。あと、仕入れで選ぶときはレコードをインテリアとして飾る方もいらっしゃるので、「ジャケ買いしてください!」「花を愛でるように花ジャケットのレコードも」というコーナーも設置し、どんなジャケットかというところも考慮して品揃えをしています。
――「ハッカニブンノイチ」は、お花とレコードの組み合わせというところが他にはない魅力だと思うのですがお花と映画の共通点ってどんなところにあると思いますか?
決して主役ではないけれど日々の生活に寄り添ってくれるもの、晴れたり曇ったりその日の気分によっていろいろなアイデアを与えてくれるスパイスにも成りえるかけがいのないものだと。お花をもらって嬉しくない人ってあまりいないと思うので、癒しの部分もあると思います。
――お店がオープンして1年半以上経過しましたが、これからやっていきたいこと、考えていることなどはありますか?
ありがたいことに、新規のお客様や遠方からのお客様も増えてきました。もっともっと実際に店を訪れてみたいと思ってもらえるように新しい発見やワクワクを常に提供し、情報発信したいと思っています。また、今年は店舗で映画を絡めたイベントや花器などのPOP UPなども開催できたらな、と考えています。
――ありがとう御座います。では最後に、下村さんが働くうえで大事にしていることを教えていただけますか?
常にお客様に寄り添うことです。お花もレコードも、セレクトしてほしいというお声をいただくことが多いので、お客様との対話を大切にしています。話を聞いていると、既に自分が知っているものだけではなく、知らないものとの新しい出会いを求めている方も多い気がしていて。
先日も近所のビストロのオーナー様から「ジャズに詳しいお客様の予約が入っているのでオススメをお願いします」とオーダーをいただいて。お話をしながら試聴して選んで、数日後、お客様がすごく喜んでくれたという話を聞いた時はとても嬉しい気持ちになりました。皆さんが気軽に訪れることができる、街の休憩場のような空間にしていけたらと思っています。もっともっとお花を身近に感じてもらえるよう、心躍るお花やレコードを提供できるよう頑張ります。
04店舗情報
ハッカニブンノチ
〒154-0021
東京都世田谷区豪徳寺1-22-2MTビル1F
tel:03-6413-6987
営業時間
11:00〜20:00
火曜日のみ
13:00〜20:00
定休日:木曜日
Instagram:@8.1.2flower / 音楽担当:@812flowersandmusic
photo:Natsuko Saito(@72527n)
interview&text:Sayaka Yabe