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Do it Magazine01漫画家・イラストレーター たらちねジョンさんのシゴトとシネマ
映画との出会いはいつも偶然で、何気なく観た映画が、人生の一本になったりする。【シゴトとシネマ】では、仕事や生き方に影響を与えた、働くことの原動力になっている映画とエピソードを教えていただきます。今回は、漫画家・イラストレーター たらちねジョンさんの人生を揺るがせた映画と、仕事への想いをご紹介。
※感染防止に配慮して撮影しております。
02作品名
映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
『ナイト・オン・ザ・プラネット』
Blu-ray: 3,080 円 /DVD:1,980 円
発売元: バップ
Ⓒ1991 Locus Solus Inc
*2022 年 12月の情報です。
03作品との出会い
学生の頃に出会った友達の彼氏の映画監督に教えてもらって観ました。「ナイト・オン・ザ・プラネット」を観て面白いと思った当時の感覚も思い出すから好き、みたいなところもありますね。
04作品とのリンク
「ナイト・オン・ザ・プラネット」はキャラクターの魅力やビジュアルデザインが漫画的だと思うんです。キャラクター性も強いですし。あと、「ナイト・オン・ザ・プラネット」を観てから、一つのテーマでくくっているオムニバス映画のような短編集をいつか描きたいなと思うようになりました。
05作品から受けた影響
映画を観た高校生の頃はまだあまり視野が広くなかったこともあり、世の中にはこんなにいろんな国のいろんな人がいるんだ、という視点を見つけることができたことですかね。いろんな人が居ていいんだと思えたというか。あとは、変なことが起これば起こるだけ面白いという感覚も知りました。
06映画で悩みが解決されたこと
実は「海が走るエンドロール」の中で「ナイト・オン・ザ・プラネット」を扉絵にしたことがあるんです。その扉絵を書くときに久し振りに映画を観直して、「やっぱり好きだな」という気持ちを思い出しました。映画って専門性の高いジャンルだと思っているので、漫画で描くのにめちゃくちゃハードルが高くて……不安な気持ちを抱えながら描いていたんです。でも、「ナイト・オン・ザ・プラネット」を観直したときに「まあいいか、好きは好きだし」という気持ちになれて。ホッとしたという感覚に近かったのかもしれません。
07作品の魅力
「ナイト・オン・ザ・プラネット」は、寝る前に思い出せる感じがいいなと思っています。不安なことがあった時とか特に。寝る前って、ちょっと嫌なことを考えてしまうこともあるじゃないですか。そういう時に、いろんな人がこの時間を生きているんだなということを深く想えるというか、「まあいいか!」みたいな気持ちにさせてくれる映画だと思っています。
08インタビュー
――現在たらちねさんは漫画家としてお仕事をされていますが、大学ではなぜ映画の学科に進学されたのでしょうか?
最初はグラフィックデザインの専攻で予備校に通っていたんです。でも予備校のデザインの課題って、画力やセンスとかではなく、商業芸術寄りな部分が多くて。私は現役のときにその部分があまり理解ができなかったんです。もっと自己表現寄りの方が自分は向いているのではないかと悩んでいて、夏期講習の時に学科の相談をしたら、「映画じゃない?」と言われたことがきっかけでした。漫画を描くにあたっても、映画の学科で学んだことはきっとプラスになると感じていたので。「私は漫画家になる気がする」と思いながら、映画を学んでいました。
――「漫画家になりたい」という気持ちは進学する前から持っていたのでしょうか?
実は、高校の3年間でもいろいろな変化があったんです。お笑いが好きだったので、1年生の時は落語研究部を作り、2年生の頃はバンドブームだったので軽音楽部に入って。3年生から美術部に入ったんですけど、美術部の先生からは「他の人より2年遅れているんだから追いつくのは難しい」と言われて。家で母にぼやいていたら、「あんたは2年間違うことをした経験があるから、きっといい絵が描けるに決まってる」と言ってくれたんです。その言葉を聞いた時に、「全てがそうだな」と思えて。
――素敵な考え方ですね。
なので、大学で映画を学びながらも漫画を描きたいと思っていたのは、自分の中でもすごく自然なことでした。
――少し前にPFF(ぴあフィルムフェスティバル)へ行かれたというSNSの投稿を拝見したのですが、映画はメジャー、インディーズ問わず幅広くご覧になっているのでしょうか?
学生の頃は自主制作の作品もよく観ていましたけど、今年はPFFで久し振りに自主制作映画をがっつり観ましたね。どれも面白かったです。
――特にPFFのコンペティションの作品は、監督の初期衝動みたいなものが詰まっていますよね。
少人数で作っていたり、一眼レフや動画向きではないカメラで撮影していたり。映画って撮ろうと思ったら撮れるんだなと改めて感じました。商業作品とはまた違う地続きの面白さがありますね。
――「海が走るエンドロール」では撮影現場や制作過程のシーンも描かれています。今回漫画を描くにあたって、関係者に取材をしたり現場を見学したりすることもあったのでしょうか?
学生時代の友人の現場を見学しに行ったり、監督の友人に話を聞いたり、その繋がりから、監督を紹介いただいてお話を聞かせていただくこともありました。音を作る現場とかも見せていただいて、いろいろ学ばせていただきましたね。
――実際にお話を聞いてみて、気付きは多かったですか?
そうですね。これまで映画は別世界のものだと思っていたんですけど、漫画を書いている中で自分が苦しんでいることとか、表現という純粋な目線では、悩む部分は似ているんだなと思いました。観客を意識する目線を入れるが故に、やりたいことを削らなければいけないところとか、商業芸術として制限された中で面白さを追求していくみたいなところとか。
――なるほど。映画も漫画もいろんな人が関わって届くものですもんね。
そうですね。学生の頃、私は映画が撮れないと思った理由も「関わる人が多いから」だったんです。自分が描きたいものを一人で作る方が自分には合っているなと。
――普段、仕事をしたり生活をする中で、映画ってどんな時に観たくなるものですか?
ネームという漫画の絵コンテを描くような作業をするときですね。だいたい、映画を3~4本観てから取りかかることが多いです。結構幅広くいろいろな作品を観て、自分の中で「さあ、やるか」とスイッチを入れています。
――そういう時に観る映画は、映画のどんな部分を観ているのでしょうか?
セリフや演出などのワンシーンを観て、「この言葉をここで言うのはすごくいい表現だな」って刺激をもらっています。少し邪道な観方かもしれませんが(笑)。
――その観方を意識されたのは何かきっかけがあったんですか?
大学時代、諏訪(敦彦)さんが必修の教授で担当してくださっていたんですけど、最初の授業の時に「君たちは映画を二度と楽しめなくなりました」とお話されていて。それは、作る側に来たからということだったんですけど、当時の私はその意味があまりわからず「そうなんだ・・・」とへこんでいただけだったんです。でも、仕事で漫画を描き始めてからその視点がわかるようになってきて。「何で今私は面白いと思ったんだろう?」と、DVDを巻き戻して観ることもあります。
――そういうシーンに出会ったときって、作品にはどんな風に反映されるんですか?
例えば、怒りの表現ですごくいいシーンに出会ったら、「こういう風に読者の気持ちを盛り上げたい」って思うんです。リズムみたいな感じですかね。ネームってリズム割りみたいなところがあるので、そういう風に気持ちを持っていけたらいいなと。読者の気持ちを想像する作業に近いのかもしれません。
――なるほど、面白いです。編集さんとのやり取りの中でも映画のお話はされますか?
話しますね。先日も『NOPE/ノープ』をおすすめいただいて観たんですけど、面白かったです。作品を作るうえでどこに配慮をするかということをすごく話し合うので、映画を観たあとに倫理観の擦り合わせなどの話をよくしています。「あの映画ではこう描いていましたね」という感じで。
――では最後に、たらちねさんがお仕事で大事にしていることを教えてください。
読んだあとに暗い気持ちにならない漫画を描くことですかね。映画を観ている時間って、少しだけ現実逃避ができるじゃないですか。自分が描く漫画も、人生の休憩になるような作品になるといいなと思いながら描いています。「海が走るエンドロール」では、いろんな人がいて、いろんな人が生きていて、善と悪も一つではないし、いい人とそうではない人も相性によって異なる。そういう人間や人間の優しさを描きたいという主題の部分は描き始めた頃からずっと変わっていないです。
09プロフィール
たらちねジョン
漫画家・イラストレーター
兵庫県出身。既刊に、『グッドナイト、アイラブユー』(KADOKAWA)、『アザミの森の魔女』(竹書房)がある。現在「月刊ミステリーボニータ」(秋田書店)にて『海が走るエンドロール』を連載中。『海が走るエンドロール』は宝島社「このマンガがすごい!2022」オンナ編第1位、「マンガ大賞2022」第9位にランクインするなど、高い注目を浴びる。
Twitter:https://twitter.com/new_john1
photo:Natsuko Saito
interview&text:Sayaka Yabe