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Do it Magazinetext:岩渕想太
みなとみらいには人生で数回だけ行ったことがある。
最初に記憶しているのは、当時、付き合っていた彼女と遊びに来たこと。神戸の大学に通っていた俺は、同じ港町とはいえ、みなとみらいに憧れのようなものを感じていた。東京までの旅行、お金がないので青春18切符を乗り継ぎ、最初に到着したみなとみらいは既に夜で、やけに水面がキラキラしていたのを覚えている。
普段、地下にあるライブハウスでライブをしたり、スタジオに篭って制作をしたり、どちらかと言うと、密室の中で暮らしている自分にとって、みなとみらいは、何処か遠く、華々しく、自分の生活から程遠いものと感じていた。何度か仕事で通過することはあっても、降りることのない駅。
そんな中、今回は映画を観にみなとみらいに行くことになった。
昼過ぎに、日本大通りのカフェで琢磨くん、佐久間くん、義経くんと合流する。
正式には、何度か仕事で行き違った事はあるらしいけど、初めましての4人。コーヒーを飲みながら、どこ出身かとか普段何をしているかとか、たわいも無い会話をする。話していて分かったけど、4人とも昼から遊んだりすることはあまりなさそう。俺らは、みなとみらいの持つ祝祭感と相まって、少しだけ浮かれていた。
大通りを進んで10分ほどすると、海が見えて来る。5月にしてはとても暑く、すぐに汗ばみ、自分は服装を少し間違えたことに気づく。言い出したのは、佐久間だったか、海辺で写真を撮った。こんなことも普段だったら絶対にしないこと。
のっけから一番浮かれていたのは佐久間だと思う。
幼馴染みたいな写真。
海沿いの国際客船ターミナルはそれ自体が船の形をしていることに後から気づいた。
港では、SEASIDE CINEMAの隣で、『ヨコハマフリューリングスフェスト』が開催されており、そこでドイツのビールを飲む頃には、4人は既に昔からの仲のようになっていた。
ヨコハマフリューリングスフェストでは、楽器の演奏も行われており祝祭感に溢れていた。
仕事の話や、出自の話、そもそもどんな映画好きなの?とか話しながら、海が見える草むらにシートを引き、4人でビールを飲み、タコスをつまむ。海風が吹く瞬間は、とても涼しく、ゆっくりとした時間が流れ、東京都内から電車で30分ほどの距離だったことを忘れさせてくれる。
いざ、スクリーンを前にすると本当にでかい。スクリーンが空気で膨らみ、立ち上がるところに4人で感激した。
コスモワールドでバスケのゲームをしたり、海辺で横になってる内に眠りについたり、うかうかしてる間に映画の時間が近づいてくる。
バスケットは佐久間が一番上手かった。おちゃらけた奴が一番上手いのは面白くない。
コスモワールドに友達と来る日が来るなんて、思いもしなかった。
3人が眠りにつく間、何故か俺だけ目が冴えていた。波の音を聞きながら横たわる不思議な時間。
近くの横浜ハンマーヘッド内では、映画にまつわるグッズの販売が行われており、映画好きの自分にとっては宝箱みたいな空間が広がっていた。(神保町でよく行く@ワンダーさんが出店してるじゃないか!)
琢磨と古い映画のパンフレットを漁りながら、こんなの観るんだと話した。義経は長い1日でお腹が減ったのかサンドのようなものを注文していた。自分は『カリートの道』のパンフレットを買った。その映画の最後に映し出される看板に描かれている「Escape to Paradice」が今日のことを指しているようだったから。
良い映画鑑賞には、入念な準備が必要。
この日の琢磨の服装はお洒落な船乗りみたいでカッコ良かった。
いざ、映画が上映されるエリアに向かうと既に沢山の人がいて驚く。海のすぐ近くに大きなスクリーンがあり、潮風が吹く舗装道の上に、青いカーペットが敷かれている。スクリーンの奥にはみなとみらいのビル群が見え、右を観ると夕方の海が一面に広がっている。これだけでも特異な体験だけど、映画館と全くもって違うのは、映画が上映されるまでの間、各々がそれぞれの好きなことをして楽しめること。色んなレジャーシートや色んな食事を持ち寄って、恋人が、友人同士が、一人で観に来た人が、それぞれの時間を過ごしている。自分たちは、簡単なトランプゲームをしたり、ピザを食べたりして過ごした。それは映画が始まる前の時間とは思えなかった。
俺は最後までババを持っており、一度もそれを佐久間に渡せなかった。
映画が始まる。
エブエブはとっても好きな映画だ。映画館で2回観た挙句に、配信でも1度。今回で4回目の鑑賞になる。その時、頭に浮かんだ「究極に変なこと」をすれば、違う世界にジャンプできると言う設定が面白い。まさしく、情報に埋もれ、固定観念的な「正しさ」の中に囚われながら生きる我々は、そうしたこと(映画内では靴を逆に履いたり、生死が関わる戦いの場で「愛している」と唱えること)の一つ一つが人生を煌めかせることを知っている。そして、それはまさしく、知らない同士が昼過ぎに集まり、遊園地で遊び、浜辺で語り合うような今日一日にも繋がっているメッセージだ。もちろん、夜の海辺にひっそりと集まり、それぞれのシートの上で映画を観ると言うこの上なく「変な」体験にもかかっている。
驚くシーンでは、色んなレジャーシートから声が上がるし、難解なシーンで答え合わせのような話をしているカップルもいた。時には海辺から風が吹き、暑くなった身体を冷ましてくれる。全く知らない通行人がスクリーン上のスペクタクルに、視線を奪われる。その全てが、映画館では起こり得ないことで、何度も観た映画のはずなのに、その全てが新鮮な体験だった。リュミエール兄弟がパリのグラン・カフェで、世界初のシネマトグラフを上映した時のごく少ない観衆の気持ちを、今となっては推し量るしかないけれど、こんな初めてを2024年にも味わえるというのはとっても貴重なことじゃないか。
昼過ぎからずっと喋り続けてた我々にとって、ずっと映画に見入っている時間はとても貴重で、その沈黙がとても奇妙で美しかった。俺は、映画を観る3人の顔をそれぞれ観ていた。普段こんな顔して映画を観ているんだ。こんなことも映画館では気づかないことだ。
映画が終わると、佐久間が「めっちゃ面白いっすね」と溢していたのが嬉しかった。大好きな映画だったけど、好みが分かれると思っていたから。会場からの帰り道、4人でずっとエブエブの話をしていた。都会の映画館と違って、帰り道が長いのもいいところだ。
もう行くことなどないと思っていたみなとみらいで、知らない同士の4人で映画をみた一日は、忙しないGWの中でも大切な日として、心に残っている。映画中にレジャーシートを吹き抜けた海風も、昼から飲んだビールも、映画を観ている3人の表情も、そのどれもが日々から浮き出た奇妙な体験で、とっても楽しかった。
エブエブのラスト、主人公のエブリンは様々な世界を観た上で、「それでも私はコインランドリーで税金問題に追われていたい」と口にする。俺はバンドを、琢磨と佐久間と義経も各々の生活を、歩んでるんだと思う。それでも続く、何でもない生活は、GWのあの日たまたま海辺で映画を観たあの日に照らされている。
藤江琢磨 @fujie_takuma
佐久間祥朗@sakuma108
小河原義経@yoshitsune_ogahara
岩渕想太(Panorapa Panama Town)@buubuu_ppt
text:岩渕想太
photo:藤江琢磨、佐久間祥朗、小河原義経、岩渕想太、宇田川俊之
camera:写ルンです FUJIFILM