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Do it Magazine01タチアナ焙煎所 山下輝彦さんのシゴトとシネマ
映画との出会いはいつも偶然で、何気なく観た映画が、人生の一本になったりする。【シゴトとシネマ】では、仕事や生き方に影響を与えた、働くことの原動力になっている映画とエピソードを教えていただきます。今回は、タチアナ焙煎所 山下輝彦さんの人生を揺るがせた映画と、仕事への想いをご紹介。
02作品名
映画『KIDS』
監督:ラリー・クラーク

DVD&Blu-ray発売中
DVD:4,180円(税込み) / Blu-ray:5,2180円(税込み)
発売協力:ピカンテサーカス
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
(C) 2018 Filmverlag Fernsehjuwelen. All rights reserved
03インタビュー
――なぜこの作品を選ばれたのでしょうか?
社会人になってすぐの頃に観て、その後の人生にすごく影響を受けた作品なんです。それまでずっと無趣味だったんですけど、この作品を観てからスケートボードをはじめて、今でも続けている趣味になっている程。僕にとって『KIDS』は、仕事に限らず“何かをやってみよう”と動き出すことができたきっかけの映画です。
――山下さんにとって、すごく影響を与えた作品なんですね。
はい。学生時代はバイトもせず、これといった趣味もなかったので、本当に何もしていなかったんです。そのまま社会に出て、社会人になってすぐの頃は、会社に行って家に帰るだけというすごくつまらない毎日を過ごしていました。
――『KIDS』は1995年に公開された映画です。何がきっかけで出会ったんですか?
18歳の頃、たまたまレンタルビデオ店でVHSを見つけて、思わずジャケ借りをしました。もともといろんなカルチャーに興味はあったので、『トレインスポッティング』とか、かっこよさそうな映画はちょこちょこ観ていたんです。
――その中でも影響を受けた『KIDS』は、どんな点に引き込まれたのでしょうか?
映画に出てくる人たちが全員スケートボーダーで、ファッションがとにかくかっこよかったんです。映画と同じようなファッションにしたいと思っていたんですけど、服装だけ真似するのは少しかっこ悪いなと感じたので、実際にスケボーも始めてみることにしました。
――そうしてスケボーを始めてから、山下さんの環境や意識もいろいろ変わってきたと。
そうですね。やっぱりそういう趣味があると、自分に自信がついてくるんです。地元は埼玉なんですけど、スケボーを始めたことで、東京に行っても堂々としていられるみたいな気持ちがありました(笑)。そこから、仕事も変えようと思ったし、付き合う仲間も変わっていったんです。
――その頃はどんな仕事をしていたんですか?
正直、仕事とはあまり真剣に向き合っておらず、とりあえず生活のために働いている感じでした。とにかくスケボーにのめり込んでいたんですけど、気付いたら一緒にスケボーをしていた人たちは、大工を始めたり、お店を始めたりしていて……。自分は何をしたらいいのかわからなくなっている状況でしたね。
――「タチアナ焙煎所」をオープンする前は喫茶店でも働かれていたとのことですが、“コーヒー”や“飲食”など、山下さんが仕事を選ぶうえで1番の根っこには何があったんですか?
映画の中に出てくる、コーヒーやお酒を飲むシーン、タバコ吸うシーンとかが好きで、そういうシーンに関連するかっこいい仕事をしたいなと思ったんです。はっきりと「これがしたい」と思ったわけではないんですけど、観ていた映画のシーンからコーヒーに興味を持ち始めました。
――素敵なきっかけです。
20代はスケボーばかりやっていて、ちゃんと仕事に向き合ってこなかったので、30代は手に職をつけた仕事をしたいと思って、とある喫茶店で働きはじめました。
――その後、「タチアナ焙煎所」を2021年にオープンします。どんなタイミングでお店を持つことを決めたんですか?
約10年くらい、喫茶店と先輩のお店で屋台での販売をずっと続けていたんですけど、そのスタイルに少しずつ飽きてきてしまった感じがあったんです。この先どうしていこうかと考えていたときに、友達から「バーを開くから昼間に間借りで喫茶店を開かないか?」というお誘いがあったり、新型コロナウイルスの感染拡大があったりして。いろいろ考えた結果、今のお店を借りて独立することを決めました。
――いろんなタイミングが重なったんですね。
はい。本当に全部タイミングが重なっただけで、真剣に独立を考えていたわけでもなかったんです。
――いざ「タチアナ焙煎所」を立ち上げてみて、いかがでしたか?
改めて、自分でお店を始めてよかったなと思いました。考え方もすごくガラッと変わりましたし。
――どのような変化がありました?
黙っていてもお金が入ってくるわけではないし、かといって何かを一生懸命やったらお店に人が来るとも限らない。だけど、一応お店の前を掃き掃除しておこうかなとか、ゴミを拾ったらお客さん来るかなとか、そういうレベルで物事を考えて行動できるようになってきたことですね。そこが僕の中での大きな変化になりました。
――責任感のようなものでしょうか?
そうかもしれません。お店に来てくれた方にちょっとしたサービスをして、またもう1回お店に来てもらえたらいいなという思いで、日々続けています。
――今年(2024年)でお店をオープンして3年ほど経ちますが、お店との向き合い方に変化はありますか?
本当に少しずつですけど、コーヒーのことがわかってきている感じがあります。コーヒーってこういう風にするとこういう味になるのか、みたいな。
喫茶店時代にもコーヒーの淹れ方は教わったんですけど、淹れ方のコツとはまた少し違い、本当に基礎的なことだけだったので。淹れ方のコツは、喫茶店と屋台での販売で経験を積んでいきました。それを繰り返していって、自分が美味しいと感じるコーヒーの味を掴んでいきましたね。
――お店を開くことを決めてからは、どんなお店にしたいと考えていたんですか?
実は、最初は現在のようなお店にしようとは考えておらず、屋台や間借りで出すときに淹れるコーヒー豆を焙煎するだけの場所にしようと考えていたんです。でも、実際にお店を構えたらいろいろと楽しくなってきてしまって。業態を変更してコーヒーショップにすることを決めました。
――どんな部分が楽しいと感じたんですか?
お店の中に好きなポスターやステッカーを貼ったり、道具を置くようになったりして。どんどん空間として気に入っていき、この場所にいる時間自体がすごく楽しくなってきたんです。
――居心地の良さは大切です。山下さんは普段から、辿り着いた先で感じたものを大事に決めたり動いたりすることが多いのでしょうか?
そうですね。昔からずっとそんな感じかもしれません。自分で決めたのは、コーヒーショップやスケボーをやろうと決めた最初の1回だけだったかも(笑)。あとは、誰かに提案されたことはまずは全部乗ってみる、そしてやってみてから考える、みたいな。基本的にあまり断らないようにしている、というか断れない性格なんだと思います(笑)。
――とはいえ、いろいろとチャレンジされていますし、お店もとてもこだわりを感じます。
ありがとうございます。以前読んだ本に、「喫茶店が持つあの雰囲気は、お客さんからもらったものをお店に置いていっているから」と書いてあったのが印象に残っていて。店主の趣味のようであって、実はそうでないものもたくさん置いてあって、それらがあの“喫茶店の雰囲気”を作っているらしいんです。その本を読んだときに、その感じがすごくいいなと思って、うちもお客さんから貰ったいろんなものを置くようにしています。
――「タチアナ焙煎所」はアキ・カウリスマキ監督の『愛しのタチアナ』が店名のきっかけになっているとお見受けしたのですが、カウリスマキ監督の作品もお好きなのですか?
そうなのですが、実はカウリスマキ監督の作品は、自分でコーヒーショップをやろうと決めてから意識して観るようになったんです。
――そうだったんですね。
それから『愛しのタチアナ』を観たときに、奥の方に置いてあるインテリアや、手前に置いてある小物、コーヒーを飲んでいるカップや、コーヒーを作る機械とか、映像に写っている全てがかっこいいなと思って。映画に出てきたお店も「まさにこういうお店を作りたい!」と感じる雰囲気があったので、今のお店の名前に決めました。
――映画に出てきたアイテムやお店がきっかけに…!
映画は、シーンとかルックで記憶に残ることが多いんです。プラスしてストーリーも面白かったら嬉しい、みたいな。ビジュアル的には、ヨーロッパとかの映画が好みですが、時代劇とかも好きです。
――映画は普段どんな時に観ることが多いですか?
モヤモヤしている時とか、何かやりたいんだけど、何をしていいかわからない時とかに観ることが多いですね。
――何かモヤモヤの答えが見つかるかもしれない、と思って……?
というよりも、映画を観て「かっこいい」とか「なんかよかったな」って感じること自体に意味があると思っています。映画に何か答えなどを求めているのではなく、「気持ちがスッキリする」とか「気分が上がる」みたいな、観て受けた感覚を大事にしていたいので。
――なるほど。そういう映画の楽しみ方もありますよね! では最後に、山下さんが感じる映画『KIDS』の魅力を教えてください。
アメリカの若者のリアルな日常が映し出されていて、全体的にめちゃくちゃナチュラルなんです。出てくる人たちも役者ではなく、本当のスケートボーダーが出てきたりして。僕はドキュメンタリーとか、リアリティーのある作品がすごい好きなので、そういう嘘くさくないところがすごく刺さったんだと思います。
――ありがとうございました!
04店舗情報
タチアナ焙煎所
@tatjanabuysenjo
9:00-18:00
定休日:月曜木曜日は焙煎日の為、喫茶営業はお休みになります。
tel:03-6379-8737
東京都杉並区下高井戸4-8-2
最寄駅:上北沢駅
photo:Natsuko Saito(@72527n)
interview&text:Sayaka Yabe