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Do it Magazine配給作品はどうやって決める? ー『ジョイランド わたしの願い』を配給するセテラ・インターナショナルの前田さん・豊島さんにインタビュー<きっかけは1枚の場面写真>
Do it Theaterが今気になるシアターカルチャーをクローズアップしてお届けする企画の[ Do it Close-up ]。今回は、『Winterboy』『ダンサー イン Paris』『最高の花婿』などのヨーロッパ映画を中心にした映画を配給し、10月18日(金)にカンヌ国際映画祭で「ある視点」審査員賞とクィア・パルム賞を受賞したパキスタン映画『ジョイランド わたしの願い』(監督:サーイム・サーディク)を公開したセテラ・インターナショナルの前田朋毅さん・豊島潤郎さんにインタビュー。宣伝・営業を担当されているお二人に、映画を届けることへの情熱と『ジョイランド わたしの願い』を配給するきっかけなどをお伺いしました。
10月18日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
第95回 米アカデミー賞国際長編映画賞 パキスタン代表 ショートリスト選出作品
第75回 カンヌ国際映画祭 「ある視点」部門審査員賞受賞 & クィア・パルム賞受賞
2023年 インディペンデント・スピリット賞 外国映画賞受賞
01インタビュー
――お二人はなぜ映画の仕事に就こうと思ったのでしょうか?
前田朋毅(以下、前田):学生の頃から映画が好きで、よく観ていたんです。ただ、大学を卒業して就職したのは百貨店で、当時はベビー用品の担当をしていました。でも、映画への想いを諦めきれなくて……。転職活動をして今の会社に入社し、今年で9年目になります。
――では、業務に関しては現在の会社に入ってから学ばれていったと。
前田:そうですね。異業種からの転職だったので、出来上がったチラシをお店に置いてもらう作業からスタートしました。代表もベテランですし、先輩も宣伝のスペシャリストなので、本当に恵まれてる環境でした。私は入社2年目の頃から宣伝プロデューサーとして作品を担当していくようになったのですが、前職の頃から「質の高い、本当に良いものを広めたい」という思いがあったので、現在も宣伝を担当しています。
配給宣伝担当 前田朋毅さん | 主な宣伝作『帰れない山』『ニトラム/NITRAM』『ゴッドランド/GODLAND』『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』『ジョイランド わたしの願い』など。
――豊島さんはいかがですか?大学を卒業されてから映画業界へ?
豊島潤郎(以下、豊島):僕も大学を卒業してから、全然違う業界に入社して2年半ほど働いていました。就職活動中は映画業界を目指そうと思っていたのですが、やはり新入社員としてはかなり狭き門で……。でも、大学の頃から好きだった映画の仕事を諦めきれず、転職をしました。今年で3年目です。
配給営業担当 豊島潤郎さん | 主に配給作品の劇場営業を担当。携わった作品は『帰れない山』『苦い涙』『Winter boy』『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』など。
――『ジョイランド わたしの願い』は前田さんが宣伝プロデューサーを担当し、豊島さんが劇場営業を担当しています。作品の買い付けはどのように行ったのでしょう?
豊島:弊社は基本、海外とのやり取りは代表が担当しているのですが、作品の検討は社員全員で見て、意見を出し合って決めています。
――そうなんですね。社内で意見が食い違うこともありますか?
前田:食い違うことの方が多いですね。
豊島:はい。でもある程度一致した作品が選ばれていると思います。どんな層が観に来るのか、そしてその層はどれくらいいるのかという根拠がある程度ないと、みんなを説得するのは難しいので。
前田:そうですね。まずは作品に対して熱量があることが大事で、そのうえで根拠を持って説得していく感じです。
――『ジョイランド わたしの願い』との出会いはいつ頃でしたか?
豊島:この映画は、2022年のカンヌ国際映画祭でお披露目になったのですが、その時に1枚のとある場面写真を見て、何かピンとくるものがあって頭の片隅に残っていたんです。気になってはいたのですが、弊社が基本的にヨーロッパ圏の映画をメインに配給していたので少し考えてしまって……。
前田:その後、豊島が「そういえば」みたいな感じで声を上げてくれまして。代表が確認したところ、まだ日本での配給は決まっていなかったんです。
豊島:それから詳しく作品について調べてみると、ヨーロッパやアメリカで上映された際に高く評価されていたことを知りました。改めて作品を観てみたところ、作品のメッセージはもちろん、映像が綺麗で洗練されていて、自分が暮らす国をどのように撮ったら魅力的に映るかという監督のこだわりや想いをすごく感じました。
© 2022 Joyland LLC
――現在も世界中ではたくさんの映画が制作・上映されています。その中から買い付けをして日本で配給しようと思う作品は、どんなところが決め手になっているのでしょうか?
豊島:現代社会についての何かテーマがあったり、はっきりしたメッセージを感じる作品は、1つのポイントになっていると思います。『ジョイランド わたしの願い』はどこか普遍性があり、これからもずっと残っていく作品になると感じたところが結構大きかったです。この人が可哀想でこの人が悪いという構図ではなく、みんなそれぞれ正義があって、自分はこういうことができるはずという可能性をみんなそれぞれ信じているからこそ、噛み合わなくなっていく悲劇という点では、あまり他にない目線なのかなとも思いました。
――発見もあり、観たあとにいろいろ考える時間が生まれる作品でした。
豊島:彼らとは価値観や宗教は違いますけど、多くの人が持っている迷いみたいなところで、何か通じるものがあるのかなとは思います。そういうことって、映画を観ることで気付く部分でもあると思うので。
――この作品をきっかけに対話が広がっていくと素敵ですよね。これから『ジョイランド わたしの願い』のようにいろいろな国の作品が観れるようになるのでしょうか?
豊島:以前から国や性別、世代を問わず、たくさんの作品が作られていますが、これまで日本では、限られた国の映画しか上映されていませんでした。しかし今では、その作品を評価したり観たりする人たちがどんどん増えているので、日本でも幅広い価値観を持った作品を観られるようになってきているんじゃないかと思います。
――今回前田さんは宣伝プロデューサーとしてどんな部分を軸に宣伝プランを考えたのでしょうか?
前田:大きくは2つあります。1つは、カンヌ国際映画祭のある視点部門で審査員賞とクイア・パルム賞を受賞しているところ。もう1つは、内容のテーマ性の部分ですね。いろんな受け取り方ができる作品ですが、マスコミ試写での感想が、ハイダルの妻・ムムターズの視点で感想を語られる方が多かったんです。© 2022 Joyland LLC
――若者の生きづらさや迷いが描かれつつも、ジェンダーバイアスの視点もありました。
前田:そうですね。『バービー』や『哀れなるものたち』などの映画が注目されている中で、『ジョイランド』も並んで観ていただける作品かなと思っています。
――ビジュアルやコピーはどのように考えていきましたか?
前田:映像がすごくきれいなので、まず映像美を伝えたいと考えていました。あと、海外ではハイダルとビバのラブストーリーとして見せているところばかりだったのですが、義理姉妹のムムターズとヌチのシフターフッドの感じもとても大切な部分で、日本の観客の方にも共感を呼ぶ部分だと宣伝チームで話していたのでその部分も伝わるよう、デザイナーさんと相談して2部構成のビジュアルにしました。
――お二人とも他業種から転職されて、映画業界でキャリアを重ねていますが、映画に対する視点の変化はありますか?
前田:現在も、週1は映画館で映画を観ようというマインドで過ごしています。僕は、その題材がどうしたらより多くの人に届いて、映画がヒットするかというところに関心があるんです。だから、いち観客として映画を観に行った時も、どういう人が来ていて、どういう宣伝をしたからこういうことになったのかみたいなことを日々見て考えるようにしています。
――他作品の宣伝もチェックされているんですね。
前田:そうですね。なんでこんなにお客さんが入っているんだろう?とか。楽しみながらやっています。
――宣伝や配給に必要な感覚を磨いていくために、他に何かやっていることはありますか?
前田:美術展などに行くのも好きなので、映画だけでなくいろんな展示に行った時にどんな宣伝をしていて、どんなタイアップをしているのかなども見ています。美術展などは開催期間が長かったり、宣伝期間も1年くらいかけていたりするので、映画とは少し違うところもあるかもしれませんが、どこか活かせる部分があるかもしれないという視点を持ちながら見ています。
――少し視点を変えてみると、活かせそうなことがたくさんありますよね。
前田:はい。あと、そこまで映画に熱心ではない知人がSNSで観た映画を投稿したときに、「こんなに広い層に届いているんだ」と感じることがあります。まだそこに弊社の配給作品が登場したことはないので、登場できたら嬉しいですね。
――豊島さんはいかがですか?
豊島:自分は劇場営業をしていることもあってか、劇場の大きなスクリーンで見たいかどうかという視点で映画を観ることが多くなりました。今では配信などでいろいろな見方ができるようになりましたが、映画館で公開するときにどれくらい話題を作れるか、という部分がその後の流れに左右するので。
――では最後に、『ジョイランド』のおすすめポイントを教えてください。
前田:まだパキスタン映画は見たことがないという方がほとんどだと思うんですけど、『ジョイランド』は題材はもちろん、登場人物の誰かしらに共感を呼ぶ作品だと思っています。ぜひたくさんの人に観ていただきたいです。
豊島:この作品は、もしかしたら明確な答えが見つかる映画ではないかもしれません。でも、映画を見て、「悩んだりするのは自分だけじゃない」ということに気付くきっかけになる作品だと思っています。誰かのそういう作品になったら嬉しいです。
02作品情報
10月18日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
第95回 米アカデミー賞国際長編映画賞 パキスタン代表 ショートリスト選出作品
第75回 カンヌ国際映画祭 「ある視点」部門審査員賞受賞 & クィア・パルム賞受賞
2023年 インディペンデント・スピリット賞 外国映画賞受賞
(Story)
大都市ラホール、保守的な中流家庭ラナ家は3世代で暮らす9人家族。次男で失業中のハイダルは、厳格な父から「早く仕事を見つけて男児を」というプレッシャーをかけられていた。妻のムムターズはメイクアップの仕事にやりがいを感じ、家計を支えている。ある日ハイダルは、就職先として紹介されたダンスシアターでトランスジェンダー女性ビバと出会い、パワフルな生き方に惹かれていく。その「恋心」が、穏やかに見えた夫婦とラナ家の日常に波紋を広げてゆく——
監督・脚本:サーイム・サーディク/出演:アリ・ジュネージョー、ラスティ・ファルーク、アリーナ・ハーンほか
製作総指揮:マララ・ユスフザイ、リズ・アーメッド『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』 ほか
© 2022 Joyland LLC
web:https://www.joyland-jp.com/
X:@joyland_jp
Instagram:@cetera_gp_film
photo:Cho Ongo(@cho_ongo)
interview&text:Sayaka Yabe