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Do it MagazineDo it Theaterが今気になるシアターカルチャーをクローズアップしてお届けする企画の[ Do it Close-up ]。今回は、2007年に短編映画『AH MA(原題)』でシンガポール人として初めてカンヌ国際映画祭で特別賞を受賞し、空音央監督『HAPPYEND』でプロデューサーを務めたアンソニー・チェン監督の最新作『国境ナイトクルージング』をクローズアップ。若者の不安や冒険心をテーマに本作を描いたきっかけや、人物像を伝える上で大事にしていること。監督の実体験がそのまま脚本になったシーンについてなどお話を伺いました。
10月18日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
『国境ナイトクルージング』
第96回 アカデミー賞国際長編映画賞(シンガポール代表)
第76回 カンヌ国際映画祭 ある視点部門
母からのプレッシャーに心を壊したエリート社員。オリンピック出場を断念した元フィギュアスケーター。勉強が苦手で故郷を飛び出した料理人。挫折をひた隠し、閉塞感の中で縮こまる3人が、中国と北朝鮮の国境の街、延吉に流れ着いた。磁石のように引き寄せられ、数日間を気ままに過ごす彼ら。深入りせずに、この瞬間をひたすら楽しむ、それが暗黙のルールだ。過去も未来も忘れ、極寒の延吉をクルーズするうちに、凍りついていた孤独がほどけていった。
01インタビュー
――本作は中国と北朝鮮の国境街を舞台に、若者3人が出会い、前に進んでいく青春物語です。この物語を描こうと思ったきっかけを教えてください。
いくつかあるのですが、一つはパンデミックです。パンデミック中に若い世代が抱える不安や世の中に対する絶望をニュースや記事で目の当たりにしたことがきっかけでした。
――そうだったんですね。監督自身もこの作品で描かれているような、もどかしい気持ちというのは学生時代に感じていたのでしょうか?
私はこの中で描いている3人の青春より、不自由なく生活を送っていたように思います。成績も悪くはなくて、いい学校に通えていましたし、若い頃はそれなりにスムーズにことが運びました。ですが、この若い3人が感じているようなことはもっと後になって感じました。
リウ・ハオラン 劉昊然 (ハオフォン役) | 1997年10月10日生まれ。高校在学中に俳優デビュー。初主演の『唐人街探偵 THE BEGINNING/僕はチャイナタウンの名探偵』(2016)と初主演ドラマ「最上のボクら」(2016)が大ヒットを記録。さらに日中合作『空海-KU-KAI-』(2017)にも出演するなど、中国の大人気の若手俳優。
――それがパンデミック中だったと。
そうですね。若い世代が感じる不安感だったり、冒険心だったり、この3人のような若い人達に心から共感したのはパンデミック中でした。
自分の意義を問いかけたり、まるで青春時代のような落ち込みであったり、そういうことを感じていても自分の方向性が見えないもどかしさだったり。
――登場人物のそれぞれの人物像が丁寧に描かれているなと感じました。観客にそれを伝える上で大事にしていることはなんですか?
登場人物の性格やバックグラウンドを全て脚本に書いたり、映画で描かなかったとしても、知っておくというのは欠かせないことです。
作り手として、彼らの背景を知っておくことに加えて、映画を観た人たちもこの3人を知っていて、友人のような感覚になってほしいという想いがありました。描かれていなくてもそれぞれ何か過去を背負っているものがあるんだなと感じてもらうことが重要です。
チョウ・ドンユイ 周冬雨 (ナナ役) | 1992年1月31日生まれ。チャン・イーモウ監督の『サンザシの樹の下で』(2011)で7000人のオーディションの中で主演に大抜擢され、一躍スターダムにのし上がった。デレク・ツァン監督作『ソウルメイト/七月と安生』(2016年・日本公開は2021年)で第23回香港電影評論学会大奨最優秀主演女優賞、第53回金馬奨最優秀主演女優賞を受賞。同じくツァン監督作でアカデミー賞にノミネートされた『少年の君』(2021)では、第33回金鶏奨、第39回香港電影金像奨、第35回大衆電影百花賞で主演女優賞を受賞。
――それは、具体的にどのような部分で伝わるものなのでしょうか?
セリフはもちろんですが、表情はとても重要だと思います。
例えば、最初の夜3人が出かけた音楽パブでナナは明るく陽気に振る舞っていますよね。でも、酔っ払って部屋に帰ったナナからは、どこかメランコリーな雰囲気を感じたと思います。そのシーンでは、ナナの悲しみが透けて見えるようにとても気を配りました。
――3人で帰ってきたシーンですよね。
はい、シャオはギターを弾いていて、ハオフォンはその曲を聴いているナナの表情から彼女の悲しみや痛みを感じ取ります。
これは私自身も経験があることで、ある状況では会話がなくともその人の表情だけで伝わってくるものがある。だからこの最初の夜の部屋のシーンというのは、いろいろなことを読み解く重要な要素が詰まっているシーンです。
チュー・チューシアオ 屈楚蕭 (シャオ役) | 1994年12月28日生まれ。2019年に中国で公開した映画『流転の地球』(日本ではNetflixで配信)に出演し大ヒットを記録。続く主演作『あなたがここにいてほしい』も中国で大ヒットをおさめ、日本では2022年に公開された。
――クラブでのシーンも印象的でした。あのシーンも監督の経験から来ているものでしょうか?
はい。中国の若い人の映画を撮っていることを友人に伝えたら「まずは若い人に接することだよ」と北京のクラブにつれていってくれました。ただ、クラブに長いこと行っていなかったので、みんなが盛り上がっている中居場所を見つけられなくて…。
その時に、まさにハオフォンがやったことをやったんです。
――氷のシーンでしょうか?
はい、一人でブースにいるときにテーブルに置いてあったアイスペールが目に止まったんです。本作は氷がテーマにもなっていたので、中の氷を手にとって、色々観察してみました。そうすると氷がだんだん溶けてきて、水滴が目の中に入ったんです。目に違和感を感じたときに感情が呼び起こされて、涙が溢れてきてしまって…。
――まさに実体験だったんですね。
そういう、たくさん人がいる賑やかな場所でメランコリーな気持ちになるってことは、自分は誰とも感情を共有できていない、誰ともつながっていないという孤独を感じたということだと思うんです。それを強く感じたので、そのまま脚本に書きました。
――それでは、最後にこの作品を見る方々にメッセージをお願いします。
迷ったり、孤独を感じることがあっても、それを抱えているのは一人じゃないということを伝えたいです。
複雑な問題を抱えていて、もしかしたらその問題を全て解決してくれるような人はいないかもしれないけれど、この映画を通して、あなたと同じ想いや境遇にいる人は他にもいるんだということを感じてほしいです。
02作品情報
10月18日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
『国境ナイトクルージング』第96回 アカデミー賞国際長編映画賞(シンガポール代表)
第76回 カンヌ国際映画祭 ある視点部門
(Story)
北緯42度50分。中国と北朝鮮との国境の都市、延吉。
ハオフォン(リウ・ハオラン)は友人の結婚式に出席するため、冬の延吉を訪れた。幸せそうな新郎新婦や近況報告に夢中の友人たちに囲まれ、ハオフォンの心は沈んでいく。
披露宴が終われば、翌朝のフライトまで予定はない。暇つぶしに観光ツアーに参加してみるが、不運にもスマートフォンを紛失してしまう。観光ガイドのナナ(チョウ・ドンユイ)がお詫びにとハオフォンを夜の延吉に連れ出す。男友達のシャオ(チュー・チューシアオ)も合流しての飲み会は盛り上がり、ナナの部屋になだれ込んで朝方まで飲み明かすのだった。
翌朝。寝過ごしたハオフォンは上海に戻るフライトを逃し、途方に暮れる。ぽっかり空いた週末。シャオの提案で3人はバイクに乗り込み、国境クルージングに出掛ける。冬の雪山と澄み切った空に息を呑み、凍りついた川の向こうに広がる隣の国を眺める。今をただ楽しみ、深入りはしないのが暗黙のルール。過去も未来も忘れて極寒の延吉をクルーズするうちに、3人は絆を深めていった。ハオフォンは上海でエリート金融マンになれたが、終わらない競争に心を壊した。ナナはオリンピック出場を有望視されながら、けがで夢を絶たれたフィギュアスケーターだった。シャオは勉強が苦手で故郷を飛び出し、親戚の食堂で働いている。競争社会からこぼれ落ちた3人は、行き止まりの街、延吉で磁石のように引き寄せられたのだった。
数日間、目的もなく一緒に過ごしただけ。それでも、心から笑い、冒険した思い出が、迷える若者たちの未来を変えていく。
監督・脚本:アンソニー・チェン
出演:チョウ・ドンユイ(『少年の君』)、リウ・ハオラン、チュー・チューシアオ
2023年/中国・シンガポール/中国語・一部韓国語/100分/1:2.00/5.1ch
原題: 燃冬 /英題: The Breaking Ice /日本語字幕:本多由枝
提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム
Ⓒ 2023 CANOPY PICTURES & HUACE PICTURES
website:https://kokkyou-night.com/
X:@kokkyounight
interview&text:Reika Hidaka