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Do it MagazineDo it Theaterが、現在注目のシアターカルチャーをクローズアップしてお届けする企画[Do it Close-up]。今回は、大切な人を失った喪失感に向き合っていく人々を描いた映画『君の忘れ方』作道雄監督にインタビュー。ご自身も数年前に大切な人を失った経験から、初めは本作のテーマにあまり乗り気ではなかったと語る作道雄監督。制作をするにあたりどのような心情の変化があったのか、主演の坂東龍汰さんをはじめ、俳優陣とはどんなことを話し合われたのか。制作の背景から、作品に込められた想いまでお話をお伺いしました。
新宿ピカデリーほか全国公開中
森下昴は付き合って3年が経つ恋人・美紀との結婚を間近に控えていたが、 ある日、彼女は交通事故で亡くなってしまう 。 言葉にならない苦悩と悲しみで茫然自失の日々を過ごす中、 母・洋子に促され、久々に故郷の岐阜へと帰省する。 洋子もまた、不慮の事故で夫を亡くし、未だに心に傷を抱えていた。 悲しみは癒えないと思っていたが、ある不思議な体験を通して、 昴は美紀の死と向き合っていくように――。
01自身の体験とテーマに向き合うまでの道のり
――公開を迎えて、今のお気持ちはいかがですか?
率直に言うと、不安と緊張を久しぶりに感じています。ただ、それ以上に前向きな気持ちもありますね。主演の坂東龍汰くんともメッセージで話したり、スタッフからも「ついに公開だね」と反応があったりして、1年半前に撮影したものがこうして形になったことに感慨深さを感じています。本当にいろんな感情が入り混じって、忙しい気持ちです。
監督・脚本:作道 雄(サクドウ ユウ) | 1990年生まれ、大阪府出身。京都大学法学部卒業。 2014年に映像制作会社「クリエイティブスタジオゲツクロ」を設立、代表に就任。映画監督として活躍する一方、脚本家としてテレビドラマの脚本などを手掛けている。 監督・脚本作のVRアニメーション「Thank you for sharing your world」が第79回ヴェネチア国際映画祭のイマーシブ部門(コンペティション)にノミネート・正式招待された。
――では、本作の制作のきっかけから教えてください。
最初は配給の方からお電話をいただいたのがきっかけです。「グリーフケア」というテーマで映画を作りたいというお話があり、できれば飛騨高山で撮影したいという条件がありました。そのテーマと場所を基にプロジェクトが始まりました。
――グリーフケアというテーマは、もともとご存じでしたか?
全く知りませんでした。大切な人を亡くした方をサポートするという取り組みだと、この作品を通じて初めて学びました。ただ、正直最初はあまり気乗りしませんでしたね。私自身「死別の悲しみは癒せない」と思っていましたし、「ほっといてほしい」という気持ちもあったんです。
――そこからどのようにして向き合う決心をされたのですか?
周囲の方々から私の作品に関して「喪失をテーマにすることが多い」と言われたことがあり、それがきっかけで「いよいよ向き合うべき時が来たのかもしれない」と思うようになりました。そこから、自分の父が他界した際の遺品整理や、過去の思いを振り返ることが増え、次第に「頑なになってはいけない」と感じるようになったんです。それに至るまで2〜3年かかりましたが、徐々に心がほぐれていきました。
――脚本を書く過程では、監督ご自身の心情に変化はありましたか?
脚本を書くこと自体が、ある種の癒し効果がありました。また、主演の坂東くんのお芝居を客観的に見ることで、自分の悩みに向き合えた気がします。彼が真摯に役に向き合ってくれた姿を見て、自分の中に閉じこもっていた感情が外に出たような感覚がありました。本当に彼には感謝していますね。
――作品のテーマであるグリーフケアにも通じる部分があるのでは?
そうですね。まさにその通りだと思います。僕にとって作品作りそのものがグリーフケアのようなものでした。やっぱり、人は悲しみに直面すると、自分の殻に閉じこもりがちになりますよね。でも、無理に押し付けるのではなく、「みんなで集まろうよ」というのがグリーフケアの会の趣旨だと思います。作品作りも同じ感覚でした。
02信頼と自由で生まれた委ねる演技:坂東龍汰、西野七瀬ら俳優たちの表現のアプローチ
――坂東さんの演技についてですが、セリフ以上に表情や仕草で感情が伝わってくる印象がありました。監督として感情の共有はどのように行われたのでしょうか?
私自身、「こうしなさい」と言葉で表現を指示するタイプじゃなくて、役者がその感情をしっかり腑に落ちて感じることが大事だと思っています。感情を言葉にしちゃうと、表情がそれに引きずられちゃうので、できるだけ言語化しないようにしているんです。
――なるほど。坂東さんとはどのようなコミュニケーションを取っていたんでしょう?
彼には「感情をどう表現するかは自由に任せるよ」と伝えていました。台本に書かれていることを大事にしつつ、その場で感じたままに演じてほしいと。言葉で全部説明するよりも、自然に出てくるものを重視しましたね。
Ⓒ「君の忘れ方」製作委員会2024
――信頼して任せる部分がかなり大きかったんですね。
そうですね。もし何か大きく違ったら伝えますが、それ以外は全て任せていました。彼のやり方で、やってもらいたかったんです。
――監督と俳優、特に坂東さんにとっては、チャレンジングな現場だったのではないですか?
そうですね、他の俳優陣にも同じように、感情を具体的に伝えることはありませんでした。それが少し難しかったかもしれませんが、皆さんはプロフェッショナルで、ちゃんと現場を支えてくれて、とても感謝しています。
――南果歩さんや岡田義徳さんをはじめ、昴の周りにいる人たちもそれぞれの悲しみに向き合っているキャラクターでしたね。
最終的に脚本を作る中で行き着いたのは、「悲しみは人それぞれで、比べるものではない」という考えでした。だから坂東くん演じる昴だけでなく、周囲のキャラクターたちの悲しみや悩みも同じように描きたいと思いました。それを通して観客の方々にも何かしらメッセージが伝わればいいなと思っています。
――昴の人物像は、どのように描いていかれたのでしょうか?
特に美紀が亡くなる前の昴の姿については、最初の段階で坂東くんとかなり話し合いました。
例えば、昴は結構冗談を言うタイプかもしれないとか、実は繊細で周りとのバランスを取るのが得意な人ではないか、とか。美紀にはとても優しいけれど、勝手なところもあって怒られることもあったんじゃないか、といった話をたくさんしました。
美紀が亡くなった後の昴に関しては、むしろその場その場で現場の皆さんにお任せする形になりましたね。
――美紀と昴の関係については、どのように準備をされたのでしょうか?描かれていない部分にも関係性が滲み出てくる作品だと感じました。
そうですね。クランクインの3~4日前に、2人の恋人時代の写真を撮る時間を設けたんですが、その時間はとても重要だったと思います。
坂東さんと西野七瀬さんと「このカップルはこんな感じだったんじゃないか」ということを話しながら作り上げていきました。
ただ、亡くなった後の関係性については、実際のところほとんど議論していませんね。むしろ過去のイメージだけを共有する形で進めていきました。
――死後の関係性を描く部分は、役者の自然な表現に任せたんですね。西野さんが登場するシーンでは非常に慎重に役作りをされていたように感じました。西野さんとはどのようなことを話し合われましたか?
西野さんが特に気にされていたのは、美紀が昴の目線から見られている存在である、という点です。「これは美紀自身の意思ではなく、昴が見たくて見ている私、という解釈でいいんですよね?」と何度も確認してくださいました。
その通りだとお伝えしたのですが、もし美紀自身の意思で出てきているのなら、もっと笑顔だったり、「死にたくなかった」という感情が表に出ていたはずです。でも昴が見る美紀というのは、影のような存在であり、写真の中の彼女のような表情であるべきだと思います。
西野さんはその部分を細かく調整しながら演じてくださいました。昴の視点から見た美紀の「存在感」を表現するために、感情のボリュームやトーンをとても丁寧に調整してくださったと思います。
Ⓒ「君の忘れ方」製作委員会2024
――セリフがないからこそ、余計にその表情が物語を語る部分がありましたよね。演出やカメラワークについてはいかがでしょうか?
喪失の感情を描こうとすると、どうしてもカメラを被写体に寄せたくなりますが、それだけでは観る側がしんどくなってしまいます。そこで、カメラの位置や距離感については事前にしっかり考えて臨みました。必要以上に寄らず、少しドキュメンタリー的に見えるような視点を意識しました。もちろん、俳優の表情や演技が非常に優れている場面では寄ることもありましたが、基本的には一定の距離感を保つようにしました。
――そのような距離感を描く上で参考にした作品などはありますか?
映画でいうと、黒沢清監督の『岸辺の旅』は参考になりました。浅野忠信さん演じる幽霊の存在を自然に描くその雰囲気が印象的で。また、アッバス・キアロスタミ監督の映画も好きで、ドキュメンタリーのようでありながら、カメラが非常にテクニカルに動く独特の映画的世界観は意識してみようと思いました。
03タイトル『君の忘れ方』に込めた思い
――坂東さんのセリフで特に印象深いものに、「覚えているから辛いのか、忘れていくからか」というセリフがありますが、映画のタイトル『君の忘れ方』にも繋がってくるのでしょうか?
そうですね。タイトルには「忘れること」と「思い出すこと」の両方が含まれていて、それがこの映画のテーマだと思っています。無理に忘れようとすると、かえって辛くなったり、逆に思い出しすぎることもありますよね。
普段は忘れていても、ふとした瞬間に思い出し、また忘れる――そういった「ちょうどいい距離感」が本来の愛や記憶の在り方なのではないかなと。
昴の場合、美紀のことをどう思い出していいのか、全く分からない状態から物語が始まります。無理に遠ざけたり、逆に辛い気持ちを紛らわせるためにカレーを作ったりして…。
その過程を通じて、映画の終盤では「ちょうどいい思い出し方、忘れ方」を見つけるんです。忘れると言っても、記憶から完全に消してしまうわけではなく、普段は忘れていてもふとした瞬間に思い出し、また忘れる。その自然なペースを掴むようになるんです。
「覚えておかなきゃいけない」とか、「忘れなきゃいけない」といった義務感にとらわれず、いつ思い出してもいいし、いつ忘れていてもいい。そのペースを自分で見つけることがこの物語の鍵だったと思います。
04記憶に残るシアター体験
――私たちは、記憶に残る体験を大切にしてイベント作りをしているのですが、監督にとって記憶に残るシアター体験のようなものってありますか?
小学生のときのことですね。それまでドラえもんなどのアニメ映画しか観たことがなかったんですが、初めて親に連れられて実写映画を観たんです。それが、山田洋次監督の『学校II』という映画でした。映画館だったのか、公民館のような場所だったのかは覚えていないんですが、とにかく強烈に感動しました。
――物語に感動されたのでしょうか?
というよりも、特に最後に気球が飛んでいくシーンが印象的で、そのカットをずっと覚えていたんです。写真のように、頭の中にスチル画像みたいな形で残っていました。大人になってから再びその映画を観返したとき、記憶の中にある映像がそのまま再現されているようで驚きました。
内容に関しては、ほとんど覚えていないんです。西田敏行さん演じる先生が障害を持った生徒と交流するという部分だけが記憶にあって、なぜ気球が飛んだのかも分からないんです。でも、そのシーンだけは妙に鮮明に覚えているんですよね。
それ以来、やっぱり良い映画のシーンというのは忘れないし、ずっと記憶に残るものなんだと感じています。
――その一瞬が素晴らしいだけで、記憶に残る映画になりますよね。
映像って本来は無機質なもののはずなのに、五感が乗っかっているように感じませんか?まるで肌触りや匂いまで伴っているような。そういう感覚が映画の最大の魅力だと思うんです。
映画は、お話が良かったとか、お芝居が素晴らしかったというエンターテイメント性だけでなく、あるカットが一枚絵のように不思議と記憶に残る。それが映画特有の魅力だと思っています。だからこそ、自分もそんな風に記憶に残る映画を作りたいと思っています。
05作品情報
新宿ピカデリーほか全国公開中
(Story)
森下昴は付き合って3年が経つ恋人・美紀との結婚を間近に控えていたが、 ある日、彼女は交通事故で亡くなってしまう 。 言葉にならない苦悩と悲しみで茫然自失の日々を過ごす中、 母・洋子に促され、久々に故郷の岐阜へと帰省する。 洋子もまた、不慮の事故で夫を亡くし、未だに心に傷を抱えていた。 悲しみは癒えないと思っていたが、ある不思議な体験を通して、 昴は美紀の死と向き合っていくように――。
出演:坂東龍汰 西野七瀬
円井わん 小久保寿人 森 優作 秋本奈緒美
津田寛治 岡田義徳 風間杜夫(友情出演)
南 果歩
監督・脚本:作道 雄
エンディング歌唱:坂本美雨
Ⓒ「君の忘れ方」製作委員会2024
2024/日本/カラー/16:9/5.1ch/107分
公式サイト:https://kiminowasurekata.com/
X:@kimiwasu_eiga
Instagram:@kimiwasu_eiga
photo:Natsuko Saito(@72527n)
interview&text:reika hidaka