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Do it MagazineDo it Theaterが注目のシアターカルチャーをクローズアップする企画[Do it Close-up]。今回は、ルーマニア・アカデミー賞(GOPO賞)で6冠を達成した映画『おんどりの鳴く前に』のパウル・ネゴエスク監督にインタビューを行いました。欲望と正義の狭間で揺れる主人公の葛藤をシリアスかつ滑稽に描いた本作。「この映画はコメディである」と語る監督に、サスペンス的要素とコメディ的要素をどう融合させたのか、そしてあのラストシーンはどのように生まれたのかなど、作品制作の経緯や演出方法についてお話を伺いました。
1月24日より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、京都シネマほか全国順次ロードショー
ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村の中年警察官イリエ。野心を失い鬱屈とした日々を送っている彼の願いは、果樹園を営みながら、ひっそりと第2の人生を送ること。しかし平和なはずの村で惨殺死体が見つかったことをきっかけに、イリエは美しい村の闇を次々と目の当たりにすることになる。正義感を手放した警察官がたどり着く、衝撃の結末とは―。
01文化を超えて共感できること:制作を決めたきっかけ
――日本での公開を控えていますが、今のお気持ちを教えてください。(取材は2024年12月に実施)
これまで短編映画が日本の映画祭で公開されたことはありましたが、長編映画は今回が初めてです。そのため、とても楽しみで興奮しています。この作品を日本のみなさんがどう受け止めてくださるのか、どれだけの方に観ていただけるのか、非常に期待しています。
監督 パウル・ネゴエスク Paul Negoescu | 1984年生まれ。ブカレストの国立映画大学で映画制作を学び、ルチアン・ピンティリエ監督の『Tertium non datur』(2006)で助監督を務めた。短編映画『Orizont』は2012年のカンヌ国際映画祭 批評家週間に選出され、短編映画『改築』(2009)と『Derby』(2010)はヨーロッパ映画賞にノミネート。長編デビュー作『O luna in Thailanda』(2012)はヴェネチア国際映画祭 国際批評家週間で初公開され、ソフィア国際映画祭でFIPRESCI賞受賞、トランシルバニア国際映画祭で最優秀デビュー賞を受賞した。長編2作目『Două lozuri』(2016)は低予算の独立系映画でありながら同年のルーマニア興行収入1位を獲得し、映画祭でも高く評価された。ロマンチック・コメディからサスペンスに至るまで作品のジャンルも多岐にわたり、今ルーマニアで最も期待される若手監督の1人である。
© 2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production
――本作の監督を務めるにあたり、一度はオファーを断ったとお聞きしましたが、改めて制作することに決めたきっかけは何だったのでしょうか?
オファーを受けて最初に脚本を読んだとき、とても面白いと思いました。ただ、この作品の舞台が田舎であり、私は都会で育ったため、自分には合わないのではないかと感じて断ったんです。さらに、舞台となるモルドヴァ地方(ルーマニア北部)は独特な文化やアクセントがあり、自分には未知の世界でした。
実際、プロジェクトは一度別の監督が手掛ける予定で進んでいました。しかし、脚本を読み直すうちに、舞台となる土地のことが詳細に分からなくても、主人公イリエの心情や選択については共感できる部分が多いことに気づきました。特に、彼の選択には私の過去作品の主人公たちと通じるものを感じ、それなら監督として向き合えると確信しオファーを受けることに決めました。
02「この映画はコメディである」と語る監督が明かす、制作の裏側
――作品を作る上で、スタッフやキャストとはどのようなことをよく話されていましたか?
全員に「この映画はコメディなんだ」と理解してもらうことを重視しました。脚本だけ読むとサスペンスやスリラーのように思える部分もありますが、私は常にこの作品をコメディとして捉えていました。
スタントチームと脚本の読み合わせを行った際、ラストシーンがとても重要なことを伝えつつ「これはコメディなんだ」ということを話したところ、みんな嬉しそうに笑ってくれましたね。そこからラストシーンの方向性が明確になりましたし、そうしたコミュニケーションが、作品の雰囲気作りに大いに役立ったと思います。
――あのラストシーンのアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
脚本家から聞いた話ですが、最後のシーンはルーマニアのあるニュースから大きな影響を受けたそうです。
その内容によると、ルーマニア警察の年間発砲数は40発。そのうち30発は警告射撃で、実際に犯罪者に向けて発射されたのは10発だけ。しかも、その10発のうち命中したのはたった1発という衝撃的なデータでした。
このルーマニア警察の無能さを伝えるニュースが非常に印象的で、最後のシーンに役立ったのではないかと思っています。
03緊張と緩和のコントラスト
――日本のタイトル『おんどりの鳴く前に』のように、観客はまさに雄鶏の距離感で作品を観ていると感じました。この作品と観客の距離感について、何か意識していたことはありますか?
確かに、これまで私の映画は観客と一定の距離を保った作品が多いと思います。感情移入を強く促すような演出はあまりせず、俯瞰的な視点で描くことが多かったです。
ただ、この作品ではサスペンス的な要素も含まれているため、観客の注意や興味を保つように工夫しました。特に、最後のシーンはコメディ的な面がありつつも、人が命を落とす場面でもあるため、緊張感を保つことに気を配りました。
また、イリエ役のユリアン・ポステルニクさんのカリスマ性が大きく寄与しています。彼には観客を磁石のように引きつけるような魅力があり、特に最後のシーンでは彼の存在が大きく影響していたのではないかと思います。
© 2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production
――具体的に、観客の注意を引きつけるためにどのような撮影をされたのでしょうか?
カメラワークにおいて、ロングテイクやワイドショットを多用したことが特徴的です。長いテイクを用いることで、観客は自然と物語に集中することができます。また、私のこれまでの作品と比較しても、キャラクターにかなり接近したショットが多かったです。
登場人物の演技や、周囲のリアクションもしっかり映し出せるよう注意を払いました。これにより、観客がシーンの細かいディテールを感じ取れるようにしています。
――演出では、特に光と影を巧みに使い分けている印象も受けました。こだわった部分はありますか?
そうですね。撮影監督のアナ・ドラギチは私の妻でもあります。彼女とは一緒に過ごす時間が長いですし、その分ディスカッションを重ねることができました。彼女からさまざまな提案を受け、そのほとんどを取り入れましたね。
いくつかのシーンでは、コントラストを強調することで、主人公の内面の暗さと明るさを際立たせました。光と影を使った演出は、主人公の感情や物語のテーマを視覚的に表現するための重要な要素だと考えています。
――最後に、私たちは、記憶に残る体験を大切にしてイベント作りをしているのですが、監督にとって記憶に残るシアター体験のようなものってありますか?
高校生の頃、17歳か18歳のときにガールフレンドと映画館に行ったことがあります。映画のタイトルは覚えていませんが、途中で飽きてしまい、最後まで観ずに映画館を出てしまいました。
数年後にその映画を改めて観たところ、非常に面白い内容だったので、「なんであのとき最後まで観なかったんだろう」と後悔しました。当時は映画そのものより、ガールフレンドとの時間を優先してしまっていたんですね。
04作品情報
1月24日より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、京都シネマほか全国順次ロードショー
(Story)
ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村の中年警察官イリエ。野心を失い鬱屈とした日々を送っている彼の願いは、果樹園を営みながら、ひっそりと第2の人生を送ること。しかし平和なはずの村で惨殺死体が見つかったことをきっかけに、イリエは美しい村の闇を次々と目の当たりにすることになる。正義感を手放した警察官がたどり着く、衝撃の結末とは―。
監督:パウル・ネゴエスク
出演:ユリアン・ポステルニク、ヴァシレ・ムラル、アンゲル・ダミアン、クリナ・セムチウク 他
原題:OAMENI DE TREABĂ|ルーマニア・ブルガリア|2022年|106分|カラー|ルーマニア語|スコープ|5.1ch|PG12
日本語字幕:近田レイラ|字幕監修:篁園誓子|後援:在日ルーマニア大使館・駐日ブルガリア共和国大使館|配給・宣伝:カルチュアルライフ
© 2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production
公式サイト:https://culturallife.co.jp/ondori-movie/
X:@Ondori_movie
Instagram:@culturallife_filminfo
interview&text:reika hidaka