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Do it Magazine映画との出会いはいつも偶然で、何気なく観た映画が、人生の一本になったりする。【シゴトとシネマ】では、仕事や生き方に影響を与えた、働くことの原動力になっている映画とエピソードを教えていただきます。今回は、リピト・イシュタール 田中かずやさんの人生を揺るがせた映画と、仕事への想いをご紹介。
――働くことの原動力になっている1本の映画のタイトルを教えてください。
『3-4×10月』(北野武監督)
ーーまずは作品との出会いやきっかけを教えてください。
『3-4×10月』は、中3か高1ぐらいの頃に観ました。北野さんのことは芸人・ビートたけしとして知っていたんですけど、第一作目の『この男、凶暴につき』を観たときに、この人には何か違うものがあるなと感じたんです。
そして2作目の『3-4×10月』では完全にいろんなものがそぎ落とされているように感じて。この作品を観たときに、本当の意味での北野映画ってこれかもしれないなって思ったんです。普通だったらこれ全部カットするんじゃないか?というシーンを1つに繋げているくらいの衝撃でした。
――作品からはどんな影響を受けましたか?
『3-4×10月』は内容だけではなく、もう全部がすごかったですね。それまでは、80年代のスーパーヒーローの映画とかしか見ていなかったので、北野映画はすごく刺激的でした。僕は小さい頃から漫画家やイラストレーターを目指していたんですけど、当時観ていた北野映画をはじめとしたさまざまな映画の要素は、その後の自分の中で表現するものに対して、とても影響を受けています。思春期だった僕にとって、『3-4×10月』は欠かせない軸になっていましたね。
――「リピト・イシュタール」というお店を作るまで、田中さんはどんなお仕事をされてきたのでしょうか?
イラストの専門学校で学んでいた頃、古着屋で働いていました。古着屋を辞めてからは、アルバイトをしながら漫画を書いたりイラストを書いたりしていて。そして結婚を意識し始めた頃、「このままではいけない」と思ってアパレルに入社して働き始めました。
――おもしろい経歴ですね。
5~6年くらい働いて、店長までやっていたんです。でも、いろいろあって実家の自転車屋(「リピト」)を手伝うことになり、そのタイミングでお店をリニューアルすることにしました。リニューアルオープンを2011年の3月12日に予定していたのですが、ちょうど関東大震災が起こって…。
――大変なタイミングでしたね……。
でも、震災以降は自転車がめちゃめちゃ売れたんです。
――そうだったんですね。何か理由があったんですか?
他力より自力で帰れる方法が自転車だなってなったと思います。交通手段として自転車も注目されるようになったというか。
そして、自転車が売れ出して、ちょうど自転車の在庫が少なくなくなってきた頃、僕が今までやってきたことをやってみようかなと。
――それが今のお店のスタイルになるきっかけだったんですね。
はい。僕、古いおもちゃとか洋服を集めるのが趣味なんですけど、それまでは趣味のことはあまり外に出したくなかったんです。でも、自転車の売れ行きが落ち着いてきた頃に、これまで集めてきたものを売ってみようかと。自転車屋としての新たな試みとして雑貨はスパイス的な役割でした。
ーー特に好きなジャンルとかはありますか?
コレクション的にはチャンピオンのリバースウィーブが多いですね。TOYはアメリカの80s~90sのアクションフィギュアを中心に集めてます。どちらも30年以上のコレクト歴になっちゃいました笑。
ーーヴィンテージ好きの方々の間ですぐ話題になりそうです。
それが、最初は全然人が来なくて……。自転車はコロナが明けて世の中の需要が変わったのか、売れ行きが落ち着いてしまったこともあり、SNSで宣伝しても中々広まらなかったんです。
――そうだったんですね。話題になったきっかけは何だったんですか?
輸入版VHSの販売がきっかけですね。ある時「テレビデオ」を入手してお店でVHSを流しはじめました。最初はブラウン管テレビでスーパーファミコンを流してたんですけど、単純に映画が好きだから輸入版を流していて。今では大小10台のテレビでVHSを流してます笑。
――ヴィンテージ雑貨や自転車とも相性が良さそうです。
そうですね。そこから、日本や海外で輸入盤のVHSをひたすら集めていきました。最初は飾りだったんですけど、VHSを販売するようにしたら、「なんかビデオ屋がある」みたいな感じで、だんだんとコレクターの人たちの間で話題になっていったんです。
――想像以上に需要があったんですね。
はい。その後、新宿マルイ 本館のガラス張りの場所でポップアップのお話をいただきまして。これは面白そうだなと思って、半年ぐらいかけて準備をし、昨年(2024年)の2月から3月にかけて実施したんです。開いてみたら結構盛況で、かなり驚きました。
――コレクター以外の方々にも刺さったんですね。
そうですね。輸入盤VHSはジャケットが紙で、デザインもかっこいいんですよね。観るデッキは持っていなくても、インテリアとして映えるから、ソフトをコレクションとして本棚に飾ったりもできる。だからポップアップでは、これまでVHSを買ったことがない人たちが結構買っていってくれたんです。
――視点を変えながら、見せ方も考えているんですね。
そうですね。あ、一つ紹介させていただいてもいいですか?
――もちろんです!
実はこれ、「ビデオスピーカー」といって、VHSの形をしたスピーカーなんですよ。bluetoothで音楽を流せるんです。
――すごい。かっこいいですね!
ラジカセなどをレストアして発信している「スタビリティターン」とこの「ビデオスピーカー」を作ったんです。この前のポップアップでローンチしたんですけど、ありがたいことに結構売れまして。やっぱりジャケットが人気の『ジュラシック・パーク』や『E.T.』、『ゴーストバスターズ』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とかはすぐ売れていきましたね。
――素敵なアイデアですね。
オリジナルのVHSを解体してリメイクするわけなので、躊躇するところもあったんですが……。でも、映画好きな人にも音楽好きな人にも刺さるアイテムなので、作ってみようと。通常のVHSにプラスしてこういうアイテムを生み出すことで、また幅も広がるだろうなと思ったんです。
――ポップアップを開いたり、「ビデオスピーカー」を作ったり、どんどん自発的に何かをやっていくという姿勢は、昔からだったのでしょうか?
そうですね。僕本当は、イラストレーターで食べていきたかったので、その時の挫折がいい経験だったのかなと。いろいろな表情を持たせるということを絵で表現したかったんですけど、だんだんと絵に縛られず何かの形で表現できればいいのかなと思うようになってきて。今では別にイラストでなくても田中かずやという一人の人間として、何かを表現できればいいと思っています。
――これからも、たくさんの方に足を運んでいただきたいですね。
はい。映画好きな人に、もっとお店に来ていただきたいです。近くに早稲田松竹もあるので、映画を観たあとにここに寄ってもらえたらうれしいですね。あと、映画関係のところといろいろコラボしたいです。
――では最後に。田中さんから見て、映画と自転車に何か共通点ってあったりするのでしょうか?
うーん、難しいですね。自転車は1人に1台だし、映画を全く見ないという人はほとんどいないと思うんです。だから僕の中では、自転車と映画は人にとって「身近なもの」っていう感覚に近いのかなって。お客さんと話していても、「なんか遠いようで遠くないよね」って言われるんです。
――確かに。「生活との距離感」みたいなところですかね?
形や見た目は全然違うけど、そういうところだと思います。
01店舗情報
LIPIT-ISCHTAR「リピト・イシュタール」
〒169-0072 東京都新宿区大久保3-13-1-103
営業時間:11:00 – 19:00(水曜、木曜定休)
web:https://lipit-ischtar.jp/
Instagram:@lipit_ischtar / @l_and_i_lipit
photo:Natsuko Saito(@72527n)
interview&text:Sayaka Yabe